8 クルセディスタ家 ⑤
私の父様、現クルセディスタ子爵家当主。
ダスタ・クルセディスタは優しい人だ。
クルセディスタ家の慣例に違わず、損得勘定を抜きに善行を優先するタイプ。
今も、他で見捨てられた兵士を鍛え上げ、戦場に送り出している。
「あまり、人様に迷惑をかけてはいけないよ」
「先に迷惑をかけてきたのはあちらです。私の大好きなクルセディスタの兵達をバカにしたのですよ?」
「それはそうかもしれないが……たとえアリアにとって正しくても、人に迷惑をかけたのならそれは誰かにとっての間違ったことでもある」
「解っています、父様」
私を諭すように、父様は言う。
それは私の考えを、父様が尊重しているからだろう。
いくら周囲からは優秀だ、神童だなどともてはやされても。
私の体はまだ6つになったばかりの小童。
そんな相手を、一人の人間として扱うのは優しいと言わずしてなんと呼ぶ。
「アリアが、自分なりの考えを持っているのは知っている。ミイを私に遣わせたのはいい判断だ。子供だけで解決しようとせず、周囲を頼りなさい」
「もちろんです、父様。私はクルセディスタの人間を信頼していますから」
いずれは、私が強くなるために色々なことを任せたい者たちである。
幸いにもクルセディスタの人々も私を大切に扱ってくれていて。
ありがたいことに、信頼関係は築けていた。
先程のような無茶振りばかりをさせてしまうというのに、慕ってくれるのだからありがたい話だ。
「それで結局……彼に何をしたのかな?」
「兵達を無能だと罵倒するので、兵に負けていただきました。油断していたので、精強なクルセディスタの兵なら簡単に倒せます」
「えぇ……」
それはそれとして、やったことを正直に話したらドン引きされた。
解せぬ。
「ま、まぁ彼には伯爵も相当手を焼いていたそうだし、少し灸をすえるのも悪いことではない……はずだ」
ドン引きはするけど、頭ごなしに否定することはないのが一番解せない。
手段はともかく、やったことは間違っていないと考えているのだろう。
手段はともかく。
前世から、私が何かを解決すると結果は特に何も言われないが、手段でドン引きされることが多い。
「そうだアリア。今日はリリアの体調が優れているから、会って話すことができそうだ」
「本当ですか?」
なんと、それは僥倖だ。
母様は私が生まれる前から身体が弱く、ずっとベッドで寝たきりの生活を送っている。
外に出たことなど、例の魔神騒動の時くらい。
だからこうして、会えるとなれば会いたいのが子供心。
前世は孤児で、生まれ変わるまで親という存在に無縁だったのもあるだろう。
魂はそろそろ齢百に届くかという老人だが、肉体年齢はまだ六つだ。
肉体に引っ張られて、親が恋しいときもある。
いや、正確にはそれを魂で律することはできるのだが。
律することが、人として正しいこととは思えなかったのだ。
人は人らしく、感情と向き合って時に理性を、時に本能をのびのびと優先させたほうが健やかに育つと思う。
かくして、私は兵に別れを告げて父様と母様の寝室へ向かった。
「――母様、おはようございます」
「おはようアリア。……その様子だと、また何かやらかしたのね?」
寝室では、起き上がった母様が少し楽そうな表情で笑いかけてきた。
私はそれに、困ったような苦笑を返しつつ。
「やらかしはしましたが、間違ったことはしていません」
「……いいわ、貴方が間違っていないと信じるなら、私もそれを信じます」
本当に、父様も母様も寛容な人だ。
私みたいなお転婆で奔放な娘にも、こうして優しく接してくれる。
とはいえこれも、私が私の行動を正しいと信じているからこそだろう。
もしも私が考えなしに悪さをすれば、彼らはきっと正面から叱ってくれるはずだ。
「アリアが、正しいことをしてくれる子に育ってくれるなら私は……けほっ」
「母様、大丈夫ですか?」
咳をした母様に、寄り添うように手を触れる。
ああやはり、マナが乱れている。
母様は体が弱い、ただ決して病弱というわけではない。
体が弱いせいで、体内の膨大なマナが制御しきれていないのだ。
そう、母様は体内に、とんでもない量のマナを生まれつき有している。
私はそうではない、アリアの肉体は才能の塊でマナの総量も常人と比べて桁違い。
それでも、あくまで才能で片付けられる程度の量だ。
母様のそれとは、わけが違う、
というか、荒れ狂う母様のマナを見る度に思うが。
やはり”聖女の器”とは母様のことではないのか?
女神殿が作った肉体、という意味では私がそうなのだが。
まぁ、そこら辺は情報が足りないな。
とにかく。
「……ごめんなさい、でも大丈夫よ。これでも、昔よりは楽にしていられる時間が増えたんですから」
「はい、母様はいつか自由に歩き回れるようになりますよ」
いいながら、私はマナの制御を続ける。
私が生まれるまでは、この乱れたマナに耐えるしかなかったのだ。
今はこうして私がなんとかマナを宥めすかし、いずれは母様を苦しめることもなくなるだろうが。
それには相応の時間がかかる。
何より、マナの制御は非常に難易度が高い。
人間にとって、マナとは本来手足のように動いて当然の部位なのだから。
以前、眼の前でマナを制御している姿を見たことがあり。
後にそれを真似して練習した経験のある私にしか、これは不可能な芸当だろう。
まさか、それを活かす機会が訪れることになるとは、当時はついぞ思わなかったが。
「ふふ、そうなったら……もし、魔神が打倒されて世界が平和になっていたら」
「……はい」
「皆で、遠くの世界を見に行きたいわね」
「そうですね、母様」
優しい母様の言葉に頷きながら、私はマナの制御を続けるのだった。
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