7 クルセディスタ家 ④

 私が少年にしたアドバイスは単純だ。

 相手の動きをよく見て、マナを一瞬だけ限界まで高めて得物を狙え。

 これだけ。

 いや、実際にはもう少し詳しく説明したが。

 要約すれば、これだけのことである。


 まず、この少年はとても器用で瞬発力がある。

 目も良くて、素早く動く相手もきちんと補足できる能力があった。

 しかし年齢のせいもあってか体力に乏しく、持久戦になると不利。

 だというのに焦りから周囲の大人たちに追いつこうと必死で、苦手な持久戦――というか、正面からの打ち合いに固執しているきらいがあった。

 そこで私は、一瞬で勝負を決めるこの戦法を提案。

 土壇場で、しかも雇い主の娘である私の言うことだ、少年も素直に聞かざるを得ない。

 彼の焦りを無理やり取っ払ったのである。

 加えて言えば、彼に適正のある得物は剣ではなく槍だ。

 目がいいからな、線で戦うよりそれをかいくぐって点を突く方が彼には向いている。


 他にも、バディスタは加護こそ有していたがマナはほとんど鍛えていないようだった。

 生まれ持っての総量はそこそこあるようだが、クルセディスタ家に来てから愚直に鍛錬してマナを増やした少年と比べるとどっこい。

 瞬発的にマナを高めれば、圧倒的に少年のほうが上になるというくらいだ。


 騎士団の加護は、聞くところによると身体能力と再生能力を格段に高めるらしい。

 しかしそれには意識して加護を”使用する”必要があるとかなんとか。

 今回みたいな不意打ちには、対応できないのである。


「――そこまで!」


 かくして、少年は一瞬でバディスタを圧倒した。

 この少年を選んだのは、ここにも理由がある。

 圧勝でバディスタを下すことで、向こうの気勢を削ぎたかったのだ。

 結果は――呆然として、剣を吹き飛ばされた衝撃で腫れ上がった手を眺めるバディスタを見れば一目瞭然。


「な、なぜ……ありえない。そんな……私が……無能などに……」

「言ったはずです、彼らは無能ではないと」

「……この女ァ!」


 激昂するバディスタ。

 いよいよ私に対する気遣いも消し飛んだようだ。

 まぁ、その方がこっちも遠慮する必要がないので助かるが。

 とはいえ――ここまでだな。



「何をしているんだ。バディスタ!」



 見知らぬ男の声。

 間違いなく、バディスタをここにつれてきた父親の伯爵だろう。

 となりには、どこかおっとりした様子の私の父も立っている。

 おっとりとはしているが、別に小太りとかそういうわけではないのがポイントだ。

 むしろ、よく鍛えている。


「ち、父上!」

「突然いなくなったかと思えば、このような場所で! また何か面倒事を起こしたんじゃないだろうな!」

「ち、違う! 私は何も……!」

「では、何をしたのだ!?」


 その言葉に、視線が一瞬こちらへ向く。

 そして、すぐにまた逸らされた。


「……い、言えない」

「言えないだと! またお前は……!」


 怪我をした――すでに加護の効果で治癒したらしい――腕をかばうように隠すバディスタ。

 やはり、自分が負けたことは話せないようだ。

 婚約者にしようしたことは話せるかも知れないが、そこを話したら結論である敗北まで行かないと行けないからな。

 穏当にすませるとは、すなわち本人の口を黙らせるのが一番はやいということだ。

 まぁ、婚約者云々は伯爵に伝わっている可能性は高いが。

 さて、あまりこのやり取りを長く続けて私の蛮行が知れ渡ってもことだ。

 ちらりと視線を、父様に向ける。


「……父様」

「ま、まぁまぁドラウェル伯爵。娘もことの通り、気にしていないようですし。ここは鉾をおさめていただけますと、私としましても……」

「ふん、相変わらず消極的だな。まぁいい、もうすでに話も終わった。これ以上ここに長居する必要はない」


 私の意図を正確に受け取った父様が、ドラウェル伯爵をなだめる。

 伯爵の言葉にもなんとなく棘が感じられたが、こちらは侮蔑が含まれている様子はない。

 おそらくは、評価はしているが気に入らないという感じなのだろう。

 実際、険のある雰囲気の伯爵と、おっとりしている父様では反りが合わなそうだ。


「――アリア・クルセディスタといったな」

「はい、ドラウェル伯爵。お初お目にかかります」

「……ふん、父親と違って、強い意志を感じる。貴様がクルセディスタを継ぐのであれば少しは我々も安心できるのだがな」


 なんというか、本当に父様と相性が悪い感じだな。

 私のことは、そこそこ評価してくれているらしい。

 ともあれ、伯爵とはそれでお別れだ。

 バディスタは、最後まで鋭い視線をこちらに向けてきたが相手はしない。

 流石にこれで私の事を婚約者だのと宣うことはないだろう。


 伯爵たちを屋敷の外まで見送って。

 私は父様と二人で安堵の息をこぼした。


「……それで、アリア。一体何をしでかしたんだい、君は」

「その言い方はひどいですよ、父様」


 そして当然のごとく、父様は私が何かやらかしたことを察していた。

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