6 クルセディスタ家 ③
バディスタという男がやってきてから、修練場の空気は冷え切っていた。
自分たちに対する、露骨な侮蔑の視線。
更には私――アリアお嬢様に対する尊大な態度。
それらが、鍛錬に励む兵士たちの怒りを買ったからだ。
ここにいる者たちは、多くが私を慕ってくれている。
私が美しい少女だからか、はたまた熱心に修練場を見ているからかはわからないが。
多くの兵士が、私を娘のように扱ってくれるのだ。
ありがたい話ではある、最強にしか興味がない私ではあるが、受けた恩を返さないほど恥知らずではない。
彼らは、私の意識が覚醒するまで、”私”を守り抜いてくれた借りがあるのだ。
加えて、周囲の人間から好かれることは、生きていくうえで絶対に必要なことだ。
何より、私自身が彼らを好いていた。
周囲から無能と蔑まれ、それでもこうして努力する姿はかつての自分を思い出す。
彼らの場合は、拾ってくれた恩を返すためではあるのだろう。
食い扶持のためでもあるかもしれない。
けれど、修練場で剣をふるい自身を鍛える熱意は本物だ。
だからこそ、彼らへの罵倒は許容できない。
そして何より、バディスタを穏当に黙らせるには彼らの協力が必要だ。
「……失礼、空耳だったようだ」
「でしたら、もう一度言って差し上げますね。彼らは貴方と違って、とても有能ですよ」
「そ、それは……私が無能だといいたいのか!?」
「ご自由に受け取ってください」
まぁ、実際に無能だとは言っていないので、仮に父様達の前で糾弾されたらすっとぼけるが。
それはそれとして、バディスタの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
おつきの侍従も、私達のやり取りを見ていた兵士たちも、顔が真っ青だ。
申し訳ない。
「ふざけるな! いい顔をしたらつけあがりおって! 私が無能!? 何をバカな!」
「試してみますか? おそらく、貴方はここの兵士の誰にも勝てないと思いますが」
「バカを言うな! 私はセフィラナ様から、騎士団の加護を授かっているのだぞ!」
騎士団の加護。
以前調べてた時に少し引っかかった単語だが、今は気にしている暇はない。
「ここにいる連中は、全員が加護も使えない無能のゴミ! 私と比べることなどそもそも烏滸がましいのだ!」
「そういって、逃げるつもりですか?」
「――――こいつ!!」
こういった手合に、「逃げるのか」と挑発するのは特段に効く。
思った通りにバディスタは激昂し、私に拳を飛ばしてきた。
それをひらりと躱して距離を取りつつ、呆然としている兵士たちの方を見る。
いきなり、彼らにとっても思っても見ないことを言ってしまって、困惑されてしまっているかもしれないが。
ここはどうか、私のワガママに付き合ってほしい。
この男を撃退することは、あなた達にとっても悪い話ではないのだから。
「――貴方」
「え、お、俺ですかアリアお嬢様!?」
修練場を見渡して、丁度いい人物を見つける。
年の頃はバディスタと同じくらい、もしくは少し下の少年だ。
普段の鍛錬の内容と、彼の素質からして今回においては一番の適任だろう。
年齢も、ちょうどいい感じ。
「あの男と、一手仕合ってみてもらえる?」
「え、ええ!?」
困惑する少年の背中を押して、修練場の中央に引っ張り出す。
そして私は、周囲の人間へバディスタへ木剣を渡すよう指示した。
「そういうわけですから、バディスタ殿。彼と実際にやってみませんか?」
「――――いいだろう。将来の妻には、一つ躾というものをしてやらねば行けないからな」
「あら怖いですね」
いいながら、私は修練場の端に立てかけてある木の”槍”を手に取った。
それを兵士の少年にわたす。
「はい、貴方はこれを使ってみてちょうだい」
「い、いやあの! お、俺……槍なんて一度も使ったこと!」
「そう、ない。修練場で、あなた達をずっと見ていたから、知っている」
「じゃ、じゃあ!」
やっぱり無理だといいたげな少年を、私は押し留めた。
そこで、色々と少年に耳打ちをする。
その姿に、バディスタは鋭い視線を飛ばしてきた。
子どものすることに、嫉妬でもしたのだろうか。
「お待たせいたしました」
「……や、やってみます」
「ええ、お願い」
そうして頷いた少年を満足気に眺めてから、私は少し距離を取った。
「……ルールは、武器を落とした方の負け。よろしいですか?」
「は、はい!」
「いいだろう」
――勝った。
バディスタが、私の提案を受け入れた時点で勝敗は決した。
ルールのせいで負けが決定するのは、いささか卑怯かもしれないが。
強さとは、あらゆる状況で勝利することだ。
有利な状況を引き寄せるのも、戦いのウチ。
「では……はじめ!」
私の合図に、バディスタが飛び出す。
目がどこか血走っていて、明らかに冷静ではなかった。
「死ね!」
端的な殺意。
体中からマナがほとばしり、奴の右腕には”加護”の文様が服の下から光って見える。
超人的な加速でもって、数歩だけで距離を詰めてきた。
対する少年は、大きく息を吸って――
「やあああ!」
寸分たがわず、迫りくるバディスタの剣を槍で突く。
勢いよくぶつかった二つの得物は――
まさか先手を取られるとは思わず、油断していたバディスタの剣が弾き飛ばされる結果に終わった。
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