5 クルセディスタ家 ②

 金髪の優男だ。

 風貌からして、間違いなく貴族。

 優男、とはいったが年の頃は十かそこらの子どもだ。

 後ろには、慌てた様子の侍従がついている。


 ふむ、とその様子を観察していると――向こうも私に気付いたのだろう。

 疑う様子もなく、こちらに近づいてきた。


「お初おめにかかる、私はバディスタ。バディスタ・ドラウェル。ドラウェル家の三男だ」

「アリア・クルセディスタでございます、ドラウェル、ということは今日いらっしゃるドラウェル伯爵家の?」

「そうとも、噂に違わず聡明なようだ」


 バディスタと名乗った男は、こちらをジロジロと値踏みするように観察してくる。

 どうも、アリア・クルセディスタは聡明で美しい少女であるという噂が、どこからか広がっているらしい。

 両親には色々と問いただしたいことがあるのだが、はてさてどこから広がっているのやら。


「それでバディスタ殿、私に一体何の御用でしょう」

「ふむ、気になるのであれば早めに話しておくべきだな」


 その言葉に、なんとも嫌な予感がする。

 原因は男の口ぶりと、後ろでバディスタを止めようとして止めれていない侍従のせいだな。



「君を私の婚約者にすることにした、光栄に思い給え」



 ――――は。

 前世と合わせて相応の時間を生きてきている私だが、理解が及ばず思考が停止するという失態を犯したのは一体いつ以来だろう。

 最悪の手落ちだ、こんなことで脳が理解を拒むとは。

 しかしそれにしても、ここまでおかしなことを言い出す貴族は初めて見た。


「……それは、決定事項なのですか?」

「そうだ。父上にはこの後伝えるつもりだ」


 なるほど。

 あくまで決定事項なのはバディスタの中だけということか。

 いくら何でも不躾すぎる申し出だ。

 侍従の反応からしても、非常識な申し出であることは間違いない。

 私はミイを手招きして耳打ちする。

 この事を父様に報告して、バディスタの父上に相談するように、と。

 コヤツの父親に良識が多少でもあれば、息子の横暴を止めてくれるはずだ。

 そういう類の人物でないなら、父様に報告するだけでいい、とも伝えた。


「……ふむ、おつきの人間が近くにいると、私との逢瀬の邪魔になるということかな?」

「彼女には、少し使いを頼みました」

「まぁ、いいだろう。それにしても……」


 バディスタは、私の是とも否とも答えていない返しに疑問を抱くこともなく。

 周囲を見渡して、こちらに質問してくる。


「なぜ、君はこのような場所にいるんだい? 修練場というのは、貴族の子女には相応しくない場所ではないかな?」

「魔神の脅威が迫る時代、貴族は子女であろうと民草のために立ち上がるべきです。私はいずれ、セフィラナ騎士団と友誼を結ぶつもりです」

「君が……?」

「何か?」


 何やら、なんとも歯切れの悪い物言い。

 私に嫌われたくないが、何やら思うところがあると言った感じか?

 多少は他人を気遣うこともできるのだろうか。

 前世が貧乏だったためか、こういった軟派な貴族に対してはどうしても偏見の目で向けてしまうな。


「いや、なんでもないよ。夢を見るのは自由だからね」

「そうですか」

「ただ――だったらなおさら、君はここにいるべきではない」


 バディスタは、こちらを諭すように言う。

 だからか――



「こんな無能共を見ていても、君には何の得もない」



 まさか、流れるようにこちらの地雷を踏んでくるとは思わなかった。

 いや、別にそれを流せと言うなら流すが。


「いくら鍛錬しようと所詮は時代遅れのクルセディスタが集めた、加護もまともに扱えない寄せ集め。盾にするのがせいぜいの連中だ」

「それが?」

「君のように美しく、未来ある女性に必要のない無駄だと言っているだけだよ」


 無礼に無礼を、まるで階段でも組み上げるかのように積み重ねていく。

 私に対しては言葉を選ぶ気遣いができても、それ以外にはできないのか。

 恐ろしいことに、この男の言う”無能”な兵士達だけでなく、クルセディスタ家すらついでのように侮辱している。

 流石にそれは、こちらも看過できないとなぜ気付かない。


 とはいえ、これだけ不躾に言ってくるような輩がこいつくらいなものだが。

 クルセディスタ家に対する風評自体は、こいつの物言いと左程変わらない。

 旧き名門、クルセディスタはそう呼ばれている。

 かつて権勢を誇ったが、今は地方の木っ端領主であることを蔑む言葉だ。

 加えてクルセディスタ家は代々、損得勘定のできないお人好しとして有名だ。

 こうして修練場で鍛錬を積んでいる兵士たちは、バディスタの言う通り周囲から見捨てられたものばかり。


 今の時代、加護というのは強力な武器である。

 女神セフィラナ様の洗礼を受けることで目覚める特別な力。

 前世の私はまったく大したものが使えなかった。

 ここにいる者たちも、それは変わらない。

 中には、魔神の侵攻のせいで洗礼を受けれる年齢を過ぎてしまったため、加護を持たない人間もいる。

 そう言った、落ちこぼれたちを引き取っているのが今のクルセディスタ家。

 ただ――


「――訂正してください、バディスタ様」

「何かな?」

「彼らは無能ではありません。少なくとも――貴方よりはずっと」

「――――――は?」


 私の言葉に、修練場の空気が凍りついた。

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