37 父様
その後、母様と日常的なお話をして。
ミイが淹れてくれたお茶を飲んで。
元気になったとはいっても、まだまだ体力は追いついていない母様をベッドまで連れて行ったところで。
「――アリア、少し私の部屋に来てくれるかな?」
父様に、そう声をかけられた。
珍しいことだ、父様は普段忙しそうに政務をしている。
クルセディスタ領のこともそうだが、聖都の文官の支援をしたり前線の領地を守る貴族を支援したり。
やることは山のようにあるそうだ。
「いつも、兵の鍛錬を見てくれて本当にありがとう。おかげで私も楽をさせてもらっているよ」
「いえ、父様。私がしたいことをしているまでです」
以前はここに兵の鍛錬までする必要があったわけだから、父様の苦労は計り知れない。
まぁ私が鍛錬をすることになって、空いた時間を政務にまわしているだけな気もするが。
「それで父様、一体何の御用でしょう」
「ああ、それなんだけどね」
父様は、わざわざ鍛錬のことを労うために呼び出したわけではないだろう。
これくらいのやりとりなら、食事のときにできるのだから。
「一つは、アリアのこれからについて。アリアはこれから、騎士学校に進むのだよね?」
「はい、そこで騎士団との繋がりを持ちたいと思っています」
「では、その後は?」
母様とも、そういう話はした。
その時はあくまで感情的な話だったけれど。
父様は、クルセディスタの当主として私の今後について考えなくてはならないのだ。
「最も穏当な行き先は、騎士団から部隊を任されることかと」
「部隊を持って、前線に出るんだね。アリアならそうするだろうと思っていたけれど、少し不安だ」
「だとしても、私はそうしたいのです」
私は、強さを求めている。
そのために、貴族という柵を疎ましく思っているし、叶うことならその束縛からは抜け出したい。
とはいえ、父様は私が剣を振るう事を許してくれた。
多分、私の考えていることなどとっくの昔にお見通しだろう。
父様が善い父親であることは解っているし、善い人であることも解っている。
だから、隠してはいない。
こうして、父様から話を振られたときに、正面から話し合うためだ。
仮に父様が貴族であることを私に望んでも、私はそれを受容できない。
だから、妥協できるラインを探るつもりである。
そう、考えていたのだが――
「……わかった。アリアはアリアの好きなように生きなさい」
「いいのですか?」
「ああ。……少し下世話な話になるけれどね。実はアリアに弟か妹ができることになったんだ」
「……!」
それはつまり、母様がああして声をかけてきたのも、これが理由ということだ。
そもそも母様は体が弱く、体力のある若いうちになんとか私を産むことができたという境遇だ。
それから十年が経って、体力が改善したことで二人目の子供をつくる余裕が生まれたのだろう。
本当に良かった、と同時に。
なんとなく、父様の話が読めてきた。
「だからこそアリア、どうしてもアリアに聞きたいことがあるんだ」
「……はい」
少しだけ、父様は呼吸を整える。
これから問いかけることが、私に対して一番聞かなきゃいけないことだからだろう。
「……リリアの体を直してくれたのは、アリアだね?」
それは、考えてみれば当然のことだった。
母様の体調が改善傾向になったのは、私に物心がついた頃だ。
そして、決定的に快復に至ったのは私が加護を手に入れてから。
後者に関しては、そもそも隠していない。
言葉にはしていないけれど、母様も父様も察してはいるだろう。
大事なのは――加護を手に入れる以前から、母様の体調が快復傾向にあったこと。
父様に剣の稽古をしてもいいと許していただいた頃から、感じていたことではある。
私はかつて、魔神ザガンを討伐したのが女の魔術師だと言った。
だが、実際に討伐したのは言うまでもなく私であり、考えてみればそれは推察できる要素が多い。
その後、再び女の魔術師が現れたのはダスタウラスの件が起きてすぐ。
最後に、聖都の魔物侵入騒動。
世間は、そもそもこの女魔術師について把握すらしていない。
だが、父様は誰よりもその存在を意識しているはず。
人々が私と女魔術師を結びつけるのは難しいだろう。
魔物侵入騒動の際に、舞踏会へ出席していたことは揺るぎないアリバイになるのだから。
しかし、父様はミイの加護を知っている。
ミイの加護さえ知っていれば、このアリバイは何一つ意味を為さないアリバイになる。
――父様が問いかけているのは、そこまでの事を含めてのことだ。
私が魔神ザガンを討伐し、ダスタウラスを討伐し、魔物侵入騒動を解決したのか。
父様は、そう聞いている。
そうでなければ、あんな一呼吸はいれないのだから。
故に私は――
「はい」
端的に、そう答えた。
父様は――どこか安堵した様子で吐息をこぼした。
「なら、いいんだ。ありがとうアリア」
「はい、父様」
「……本当に、ありがとう」
そして私が魔神ザガンを討伐したのであれば。
父様にとって、私は命の恩人だ。
自分だけではない、兵士と母様にとっても。
クルセディスタの、恩人である。
「いいのです、父様。これは、女神様のお導きなのですから」
「……そうだね、きっとそうなのだろう」
だから私は、女神様が私をここに導いたのだと、そう返したのだが。
それに関しては、父様は全く信じていない様子だった。
――
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