38 ”私”の始まり
――その夜、眠りにつく前。
不意に、ミイが私へ問いかけてきた。
「アリアお嬢様が、前世で憧れていた人はどんな人だったんですか?」
少しだけ硬直する。
「……彼女のことをミイへはなしたことは、ないと思うのだけど」
「あ、女の人だったんですね。いえ、実際聞いたことはないのですけど……こう、察するものがありまして」
「あったのね……」
迂闊、というわけではないけれど。
流石に何年も一緒にいれば、察するものはあるだろう。
未だに私は、彼女の残光を追いかけているところがあるからな。
ミイは、興味津々で私に話を聞こうとしてくる。
これは、すべて話すまでミイは寝かせてくれないだろう。
「……シャロンという少女よ」
「多分……今のアリア様みたいな方だったんですよね」
「まぁ、そうなのかしらね。自分ではそこまで彼女のように振る舞っているつもりもないけれど」
母様や、ミイの反応からして。
私がかつての彼女――シャロンと似たような振る舞いをしているのだろう。
自由で、奔放で、いつかどこかへ消えてしまうかもしれないような。
そんな振る舞いを、してしまっている。
「シャロンは孤児だった、私とシャロンは同じ街の孤児院で育ったの」
「幼馴染、というやつなんですね」
「かもね。シャロンにとって、私は周囲にいる子供の一人でしかなかったと思うけれど」
シャロンは、才能にも、容姿にも恵まれていた。
誰もが彼女を天才だと評するし、誰もが彼女を美しいと評するだろう。
だが、何よりも――
「シャロンは、太陽のような存在だった」
「太陽ですか?」
「そう、圧倒的なカリスマと、自信。能力に裏打ちされた絶対性は、誰もが憧れ――眼を灼かれる存在だったのよ」
シャロンをシャロンたらしめたのは、その性格だ。
才能があって、容姿があって、誰もが彼女を非の打ち所がない存在だと認めた。
認めたうえでなお、彼女はそれを凌駕するほどの存在感を持っていた。
ただの天才ではとどまらないような、そんな存在であることを周囲に確信させたのである。
「シャロンはね、母様と同じ体質だったの」
「リリア様と……ですか? つまり、マナの制御ができなくて」
「ええ、肉体的なハンデを抱えていた」
その最もたるは、シャロンの体質だろう。
マナがあまりにも多すぎて、制御できないために肉体的に常に消耗してしまう特異体質。
普通であれば、母様のようにまともな生活は送れなくなってしまう。
だが、シャロンは――
「シャロンは、それを自力で制御してみせた」
その言葉に、ミイはきょとんと目を丸くした。
「せ、制御した……できるんですか?」
「理論上は、ね。実際私も、天魔の加護がなければ十年かけて母様の体を直していくつもりだったし」
「じゃあシャロンさんも、十年かけて身体を?」
「いえ、シャロンは最初からマナが制御できていたの」
今度こそ、ミイは絶句した。
「無論、人よりも少し虚弱なところはあった。制御が上手く行かないと、1日中ベッドで唸っていることもあった。それでも、大半は他の子供と変わらない様子で振る舞っていたのよ」
「……それ、もし仮にお嬢様が同じ状況だったら、制御できますか?」
「できる。ただ、シャロンはその状態で元気に飛び回っていたけど、私は無理ね」
本当に、シャロンの才能は規格外だったと言えるだろう。
今でも彼女に”私”が届いているかは、なんとも言えない。
かつて憧れた背中と、今の私は同じ場所にいると周りの人は言うだろうけれど。
私は、そうは思えなかった。
「最終的に、シャロンは天魔の加護を授かって、マナの制御を完全に可能とした」
「ああ、やっぱり天魔の加護ってシャロンさんが与えられたものだったんですね」
「前世の私に与えられた加護は、本当に使い道のないものだったもの。まぁ、与えられているだけマシとも言えるけど」
加護は与えられる者とそうでないものがいて。
意外なことに前世でも私は加護が与えられていた。
才能なんて欠片もなかったのに。
ただ、与えられてなお使い道がないのと、与えられなかったのでは、どちらが残酷であるか。
甲乙はつけ難いな。
「知っていると思うけれど、前世の私には才能がなかった。特にマナが欠片もなかったものだから、随分と苦労したの」
「欠片も……って、私くらいですか?」
「それ以下よ。身体強化すらできなかった……って言って、ミイは想像できる?」
「……ごめんなさい、それは流石にできないです」
だからまぁ、それはもう周囲から罵られたものだ
使えないと、存在価値がないと。
「でも、シャロンは違った。シャロンにとって、才能なんてものはあってもなくても同じなの」
「他の人と同じように扱ってくれたんですか?」
「そうね。他の人と同じように突き放してきたの」
少なくとも、シャロンと私には違いがある。
私は、ミイいわく優しいのだという。
少なくとも、身内と感じた相手を守ろうという意志が私にはある。
でも、シャロンにはそれがない。
「シャロンは私に、何ができるかを聞いてきた」
「何ができるか、ですか?」
「そう。才能がない私にできることがない。でも、そんなことシャロンは興味がない。私にできることだけに興味がるの」
シャロンが認めるのは、価値だけだ。
できないことは、できないで見切りをつける。
できることにだけ、価値を見出す。
そんなシャロンにとって、なにもない私であっても他人と同じなのだ。
「お嬢様は、なんて答えたんですか?」
「私? 私は――」
かつて、シャロンが私に問いかけた時。
私は、その時決意したのだ。
「努力、ね」
彼女に追いつきたい、彼女のように強くなりたい、と。
それが私の、始まりだった。
――
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