39 ”彼女”の終わり

 私はシャロンに憧れた。

 だから強くなりたいと思った。


 でもそれは、私に限った話ではない。

 シャロンに灼かれ、憧れた人間は等しくシャロンを目指す。

 あまりにもシャロンが眩しすぎて、直視できなかった人間もいるけれど。

 それは仕方のないことだ。

 ただ今は、シャロンを目指した人たちの話をしよう。


 強さに憧れる人間は、多い。

 シャロンという絶対の目標がいればなおさらだ。

 だからこそ、彼らはどこかで諦めていく。


 最初に諦めるのは、最も才能のある者たちだ。

 シャロンに比肩しうるような怪物、天才と呼ばれる存在はどこかで立場に絡め取られる。

 責任を押し付けられ、その力を他者のために振るうことを強制される。

 そしてそれは、栄誉なことだ。

 天才たちは、自分から諦めることなく剣を置く。

 だがそれは、シャロンにとって――そして私にとっても、諦めと何ら変わらない行為だった。


 次に諦めるのは、普通の人間だ。

 彼らはもとより本気でシャロンを目指しているわけではない。

 ただ憧れて、彼女のようになりたいと心の何処かで感じているだけ。

 どちらかと言えば、嫉妬の感情のほうが大きいだろう。

 だが、それでもその感情を勝てに強さを手に入れ、最後は地に足のついた場所に落ち着く。

 そこが自分の限界だと見切りをつけて。

 それは諦めだ。

 だが、決して悪いことかと言えば、そうではないと私は思う。

 天才たちと違って、諦めることを選んで諦めたのだから。


「そして――その次に諦める人間は誰だとおもう? ミイ」

「次に諦める人間……ですか?」

「そう。天才と普通の人間は、どこかで自分の生活を優先する。天才の諦めは、正直妥協もいいところだと思うけど」

「お嬢様って、天才が諦めることに対して辛辣ですね」

「だって、もったいないじゃない」


 私なら、絶対そうしないのに、と。

 思ってしまう。

 才能のない人間が覚える嫉妬だ。

 今は、私も嫉妬される立場の人間だが。


「それで、誰が諦めると思う?」

「ええと……じゃあそうですね。才能がない人間……ですか?」

「それは、そもそもシャロンを目指さなかった人、よ」

「まぁ、それはそうですね。じゃあえっと……」


 悩むミイに、答えを提示した。


「最強を目指す人間、よ」


 どういうことだろう、という顔をしている。

 最強を目指す人間は、そもそも諦めないのではないか?

 少なくとも、私は死ぬまで最強を諦めなかっただろう、と。


「とても簡単な話。最強を目指す人間は、常に敵と戦い続けるの」

「ま、まさか――」

「そう、戦い続ける中で見誤るの。相手の強さか、自分の強さを。だから、それを見誤ったときに、人は死ぬ」


 死ぬことは、諦めと同義だ。

 生きることを諦めた時点で、その人間が最強に至る道は閉ざされる。

 だが、最強を目指すうえで命をかけた戦いは必須。

 故にどこかで、彼らは死ぬしかない。

 そう――



「――シャロン自身が、そうであったように」



 その言葉には、しかし。

 ミイは驚いた様子はなかった。


「シャロンさんは、やっぱり道半ばで亡くなられたんですね」

「そうね。二十歳になるころだったかしら。強大な龍に挑み――相打ちで死んだのよ」


 シャロンは、最強を目指した。

 強さを求め的と戦い、そして多くの人々は危惧した。

 いつか、彼女はどこかへ言ってしまうのではないか、と。

 それは、死という形で現実になったのだ。


「誰もが、彼女へいなくなってほしくないと願った。止まってほしいと、行ってほしくない、と。でも、彼女は止まらなかった」

「……止まれなかったんですか?」

「そうとも言う。シャロンは、最初から自分の生き方を決めてしまっていたのよ」


 すなわち、


「自由であること、と」


 シャロンは自由を求めた。

 天才が強くなるためには、自由でなければならない。

 自由であるということは、何者にも縛られてはならないということ。

 シャロンは、自分にすら縛られてはいけなかった。

 そしてそれが、自由に束縛されるということでもあった。


「……お嬢様は、どう思ったんですか?」

「私?」

「はい。お嬢様は、他の人と違います。才能がなくても、強さを求めた。そして、強さを求め続けたにもかかわらず、生き残った」

「生き残った理由は単純よ。私には、戦える相手がいなかったから」


 最初のうちは、特に。

 私のような弱者が、正面から立ち向かえるような敵がいなかった。

 魔物にしろ、人間にしろ。

 私は絶対に勝てなかったのだ。


「だから、私は生き残ることを優先するようになった。それが、他人との違い」

「……そうですね」

「だから私が、シャロンに対してどう思っているかといえば――」


 そう言って、私は、しかし。


「……わからない、としか言いようがないの」


 答えを持っていなかった。


「シャロンと私は、あまりにも違いすぎた。今の私とシャロンは同じ場所にいる。でも、だからこそわからない。私はシャロンにどう思っていたのか」

「憧れては、いたんですよね?」

「それは、間違いない。彼女を目指して最強を目指したことは、確か」


 すくなくとも、そこは同じだ。

 でも、それ以外があまりにも他人と違いすぎる。

 だからこそ。

 私はわからないのだ。

 今の私が、シャロンと同じ立場に立った時。

 どのような答えを出すのか。


 ――


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