40 その夜

 私とシャロンは違う。

 だが、それはあくまで前世の話。

 今の私は、間違いなく彼女と同じ場所にいる。


 才能に溢れ、周囲の人間を惹きつける存在だと。

 そう、ミイは私に語る。

 いなくなってしまいそうだと、母様は嘆く。

 だからきっと、私とシャロンは同じ場所にいるはずだ。


 実際、私は自由であろうとしている。

 誰よりも自由に、強さを求めている。

 きっと、これから私はシャロンと同じ生き方をするだろう。

 父様は、それでいいと言った。

 それ以外の生き方を、私が選べないからだ。


 だがそうした時、私はいつか命を落とすだろうか。

 自分を見誤り、相手を見誤り。


 少なくとも、前世はそうならなかった。

 だが、今がそうならないとは限らない。

 前世のように、命を惜しむ必要が私にはないからだ。

 今の私は強く、そしてこれからも更に強くなっていく。

 今でこそ、クルセディスタの生活に満足しているが、いずれはそうではなくなると確信している。


 果たしてそうなった時、私はどうするだろうか。

 答えを出しあぐねている。

 自分がわからなくなっている。

 よくない傾向だ。

 迷いとは人を停滞させる。

 いずれはその迷いが、致命傷となることもある。


 だが、それでも私は迷わなければならなかった。

 今の生に生まれ変わって十年。

 私という個を確立して六年。

 そろそろ、今の私という存在に、一つの答えを出さなければならない時が来ているのだから。



 ◯



 考え事をしていると、自然と足が向いている場所があった。

 夜、人の気配が静まり返り。

 ミイも、すでに就寝している頃。

 私は、寝付けずに一人で屋敷を出た。

 向かう先は、いつも同じ場所だ。


「人は迷うと、始まりに立ち返ると言うけれど」


 森の一角、かつてあった戦闘の痕は、今も残っている。

 少なくとも、魔神を灼いたあの光の残滓は、そう簡単に消えることはないだろう。


「私の場合は、自然とここが始まりになってしまう」


 魔神ザガンを討伐した地。

 その後、ダスタウラスを葬り、ミイに自己を明かした場所でもある。

 一人になれる場所というのもあって、私は定期的にここを訪れていた。

 他にも、魔神ザガンのマナを監視するという目的もある。

 今のところ、あのダスタウラスの一件以来マナが活性化したことはない。

 しかし、いずれ時がくればザガンはなにか行動を起こすのではないかと私は考えている。


「魔神が復活する可能性、か」


 仮にそうなったとして、結局は私が勝利するのではないか?

 魔神と人間の力関係は、決して絶対的ではない。

 犠牲を払いはすれども、勝利はできるのだ。

 そう考えたら、私個人がザガンに勝利できたことも、決しておかしなことではなかったといえる。

 無論、向こうの油断を誘ったという勝因はあれど。

 なんというか、シャロンほどの滅茶苦茶を、私はしていない気がするのだ。


 とはいえ、私は魔神が何を考えているかなどわからない。

 もし仮に、復活した先に私をどうにかする算段があるのだとして。

 こればかりは――



「――それで、ザガン? そろそろ顔を見せたらどう?」



 ――本人に、直接聞いてみなければわからないだろう。


”――くく”


 声が響いた。

 かつて、一度だけ聞いた魔神の声。

 どこか霞がかかったような、悪意混じりの声だ。


”いつから、気づいていた?”

「仮に何の脈絡なく復活しても、動揺はしなかったでしょうね」

”警戒に値すると感じたのは、あの牛が俺のマナを吸い取ったあたりか”

「一旦警戒を解こうって魂胆が見え見えだった」

”クク、腹芸は苦手でね”


 ザガンは語る、答え合わせと行ってもいいだろう。

 あのダスタウラスは、どうしても出現させる必要があった。

 マナが溢れてしまいそうだったからだ。


”俺の復活に必要なマナは、あふれるほど必要ねぇ。今ある分で十分よ。だってのにマナは勝手に溢れていっちまう。どっかで消費させねぇと、お前以外にも気付かれちまうからな”

「私はいいのね」

”お前は俺の存在を話さねぇだろう。自分の手の内を周りに見せたくねぇからな”

「父様達に明かす分には構わないと思ってるのよ? ただ、明かしても彼らが戦力にならないと言うだけで」

”ひどい物言いだぜ”


 父様は、私が魔神を倒したことに気づいている。

 だから父様に話をする分には問題ない。

 だけど、父様やクルセディスタの兵士では魔神を倒せないのだ。

 私一人で戦ったほうが、間違いなく被害が減るくらいには。


「私に気付かれる分には問題ないのは、こうして私が話しかけてるのを待ってたから?」

”ああよ。お前のことはすべて見てたぜ? ”天才”、悩んでるんだろう”


 一体どこまで見ていたのかは知らないが、解ったようにザガンは口を利く。

 ”すべて”の部分はブラフだろうが、確信できるくらいにはこちらの事を見抜いているのも間違いない。


「それで、目的は?」

”単純さ”


 ザガンの声が、手招きをするように響く。

 その声は――



”俺と組まねぇか? そうすれば、お前の願いはすべてまるっと解決するぜ?”



 甘い蜜をたっぷり含んだりんごを、私の前にちらつかせているかのようだった。


 ――


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