12 牛の魔物 ②
以前、私は父様に「ザガンは通りすがりの女魔術師が討伐した」と報告している。
この女魔術師、名前もわからなければ素性も知れないと、数年前結構騒ぎになった。
とはいえ肝心要の私が、容姿はほとんど覚えていないと言えば手がかりはゼロ。
セフィラナ騎士団もそこまで謎の魔術師に意識を向けてはいられない.
なので、最終的には見つけたら報奨金を出すというお触れがだされ、それは今も解除されていない。
ただ、完全に騎士団も多くの人々も、その存在は忘れてしまっていることだろう。
アレ以来、活動した形跡が一度もないのだから。
「魔神を単独で討伐せしめる謎の戦力、もし手が届くなら誰だって欲しがるだろうけど」
夜、私は窓の外を眺めながらこぼす。
一人というのは、なんとも孤独なものでつい独り言が増えてしまうのだ。
まぁ、気配は常に探知しているから聞かれることはないんだけど。
「手がかりのない財宝を、闇雲に探せるほど今の人類は余裕がない」
この三年で、また人類の生存圏は若干後退した。
魔神側に奇策がなければ、結構な期間は持つのだろうけど。
改善の兆しは、未だない。
「肉体は戦闘に耐えうるくらいにはなった。マナも十分、そろそろ動くにはいい頃合いだろう」
私が生まれてから七年。
ザガンのいう聖女が私だとして。
魔神との”対等に渡り合う権利”が私だとして。
七年も、人類を待たせてしまっている。
まぁ、私にとって全ては強くなるための道程にすぎない。
人類には、もう少し待ってもらうとしよう。
「さて、無事に屋敷を抜け出せたわけだけど」
考え事をしているうちに、私は屋敷を出ていた。
部屋の窓から飛び降りて、気配を殺して移動して。
屋敷の塀を乗り越えて、着地。
屋敷は、静かな森の中にある。
周囲には木々が広がっていて、奥には暗闇だけがある。
「流石に、このまま動くのはまずい」
今の私は、ネグリジェをまとっている。
そろそろ齢八つ年頃、少女らしく成長してきた体が少しスケている。
あまり人前に出ていい服装ではないな。
故に私は、マナで自身を偽装する。
「久々の外装付与だ、どんな姿にしようかな?」
マナは、様々なことに使用できる万能の力だ。
身体能力の強化から始まって、炎を生み出す魔術を行使したり。
その中には、外装を生み出す魔術なんてものもある。
つまり、服とか鎧とかをマナで作ってしまえるのだ。
といっても、込めたマナが尽きたら消えてしまうので、全裸に外装だけのスタイルはおすすめしない。
今回の場合は――
「”女魔術師”だから、こんなものでいいか」
気がつけば、私は身体を覆うローブとフードをまとった十代半ばの少女になっていた。
髪の色は青白いアリアの髪から打って変わって、漆黒に染まる黒。
それ以外の顔のパーツは、基本的にそのままとした。
成長した私が、髪を黒く染めればこうなるだろう。
まぁ、身体については特に豊満にしたりはしてないから、必ずしもこのスタイルになるとは限らないが。
正直、そのあたりはどうでもいいのだよな。
あまり大きくなられても困る。
「最後に顔半分を覆って――」
これでよし。
こうして私は、以前自分が撒いた種。
”魔神すら屠る女魔術師”へと扮装した。
前々から考えていたことだが、私は私のまま行動すると目立ちすぎる。
そこでこうして、私以外の私を作り出すこととした。
「上手く機能してくれるといいのだけど」
まぁ、身内以外に正体がバレなければそれで構わない。
実際にできるかどうかで言えば……
目元だけで、私をアリアと見抜くことは難しいだろうが、不可能ではない。
ただ、夜闇に紛れているから見抜けるのは父様や母様が限界か。
ミイはどうだろうか……基本後ろに立っていることが多いので、私の顔はあまり見てないのだ、彼女。
代わりに別の場所を見ている。
そもそも、見抜かれるのはまずいだろうと思うかも知れないが。
身内に限れば、その限りではない。
これだけ偽装していて私の正体に気づける人間は、私に対して相応の好感を抱いているものだけだ。
そういう相手なら、正直に正体を明かすのも吝かではないのである。
コレも一つの、考え合ってのことだ。
「さて、久々の実戦――楽しませてくれよ?」
昨日の今日で、再びダスタウラスが出現するかは解らないが。
うちの精鋭が単騎とはいえ死にかけるほどの相手なのだ。
せめて、動きを確かめる練習台くらいにはなってほしかった。
周囲の気配を、改めて探知。
ミイの部屋で何やら動きがあることは確認したが、他は寝静まっている。
警備の兵士の場所も把握した。
今なら、マナを込めて全力で駆けてもバレることはないだろう。
「では、先に行くよ」
何やら動きのある、某部屋の住人に一方的に呼びかけてから。
私は夜の森へと駆け出していった。
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