14 31番 ①
ミイは、傷だらけの状態で屋敷の前に倒れていた。
その傷は、大半が明らかに刀傷で。
人の手によって、つけられたものだったのだ。
加えてミイには、明らかにその年ではあり得ない身体能力と格闘センスが備わっている。
そして今、外装をまとってマナで身体を強化しながら現れた姿は、一言で言えば暗殺者のそれだった。
「答えなさい、そのような不審な格好でクルセディスタの敷地に何のようですか」
「不審な格好、とは失礼ね。私は魔術師、この大きな帽子が見えないの?」
「魔術師が、顔を半分も隠すものですか!」
まぁ、そうかもしれないが。
ミイの言葉に対する答えは一つ、正体を隠したいから。
まったくもって、不審極まりない答えである。
「不審なことは何もしていないの。見ての通り、魔物を倒していただけ」
「どこにも魔物など、いないではないですか!」
あっと、跡形もなく消し飛ばしてしまったのだった。
ううん、相手がダスタウラスなら一発で消し飛ばすこともなかっただろうに。
そうだな、どう話を進めようか。
納得してもらおうにも、材料が明らかに足りない。
正体を明かしてもいいけど、仮にここで正体を明かしてもミイがそれを信じるとは限らない。
そうだな、こうしよう。
「それにしても、不思議。クルセディスタに暗殺者? あの清廉潔白な一族が一体いつ、貴方みたいな人材を雇ったの?」
「……貴方にはわからないでしょう。ですが、私は決して雇われて”使われて”いるわけではありません」
「自分の意志で仕えているの? だったらなおさら疑問、どうして貴方はここにいるわけ?」
その言葉に、ミイが警戒を強める。
どうやら自分の正体が気取られているという方向で考えを進めたらしい。
「やはり、闇宵について知っているのですね? まさか、追手ですか?」
「いいえ。闇宵については聞き及んでいるけれど、名前しか知らないの」
闇宵、名前だけは聞いたことがある組織だ。
行く宛のない孤児を拾って、鍛え上げた後売り払う。
非合法な組織ではあるし、後ろ暗い存在ではある。
ただし買い手の大半は貴族やセフィラナ騎士団で、使用用途は魔神からの防衛。
今の時代、そういった後ろ暗い人材を人間同士の内輪もめに使っている余裕がないのだ。
だから、少なくとも今はそこまで邪悪な組織というわけではない。
今は、というだけだけど。
そしてそれは、被害者であるミイの慰めにはならない。
「私達、”飼い犬”を道具のように扱って、必要ならば使い捨てる組織です。どちらにせよ、その名前を知っている時点で貴方はろくでも無い人なのでしょう」
「それは流石に誤解。名前だけなら、クルセディスタの当主だって知ってるでしょう?」
なにせ、屋敷の書物に名前が出てくるくらいなのだから。
何なら私も父様に闇宵とは何か聞いたから。
アリアはまだ知らなくていい、という答えをもらっているから。
「だとしても、貴方を屋敷に近づけるわけにはいきません!」
「不思議、追手というからには逃げてきた飼い犬なのでしょう。どうしてそこまでしてクルセディスタに肩入れするの?」
「あそこが私の……唯一の居場所だからです!」
嬉しいことを言ってくれるミイだが、言葉にしながら私へと襲いかかってきた。
話を進めるうえで、誤解を解くこともできた。
だが、あえて思わせぶりなことを言った理由は単純。
ミイと、心ゆくまで遊ぶためだ。
「かかってきなさい、一手指南してあげる」
「余計な……お世話です!」
ミイの手には、魔術で形成したと思われるナイフが二本。
武器を魔術で形成することの利点は、嵩張らないこと。
重量を気にせず移動できるのが大きな利点。
ミイの場合は、暗殺のために得物を持ち歩きたくないというのが大きいだろうが。
対する私は、短い杖を形成してそれでナイフを受け止めていく。
時にはひらりと躱しながら、こちらからは攻め込まない。
「遊んでいるのですか!?」
「もちろん」
流石に、飼い犬として訓練を受けているとはいえ。
まだ十の小娘でしかないミイ相手に、全力を出す必要はない。
いや、今の私もそれ以下の小娘ではあるが。
「魔術師を名乗る割には、魔術の一つも使わないのですか!」
「魔術師というのはマナが多いから魔術師を志すの。そういう人間は、得てして身体強化も達者なんだよ」
前世の話だが、魔術師というのはマナの多い人間が目指すものだった。
マナがなければ魔術は使えない。
そしてそういう人間は、当然身体強化に使えるマナの出力も高いのである。
「だったら……マナの量に驕って負けなさい!」
直後、ミイは一瞬で私に肉薄してきた。
先ほどまでの動きが、まるでお遊びに見えるような速度。
やっていることは私が少年に教えたものと、同じ技術だ。
一瞬だけ、集中してマナを高める。
そうすることで爆発的に身体能力を引き上げて、相手の不意をつく。
欠点は強化し続けるには、結構な集中が必要でマナの消耗も激しいこと。
だからこそ、マナを高めるのは踏み込みの一瞬だけ。
その一瞬で、こちらの認識を崩す一撃を放つ。
なるほど、コレが闇宵の技か。
「私は……ミイ! アリアお嬢様に名前と人生を与えられた……お嬢様の狗です!」
そのお嬢様としても嬉しく思う、ミイの本気をこの眼で見ることができて。
ようやく、私に自分を明かしてくれたな、ミイ!
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