13 牛の魔物 ③

 体を動かすのは楽しい。

 そもそも私が力に魅入られたのは、それを振るうのが楽しかったからだ。

 その事を、”彼女”から教えられたからだ。

 しかし人間というのは窮屈なもので、力を存分にふるえる場所は限られる。

 少なくとも、アリア・クルセディスタはここ数年、力を振るう機会が一度もなかった。

 だから今は、実に気分がいい。


「周囲に魔物の気配はないな、残念」


 森の中を駆けるだけでも、その爽快感は計り知れない。

 人は、生まれた時から人という器に縛られる。

 鳥のように空を飛ぶことはできないし、馬のような速度で大地を駆けることもできない。

 マナをつかわなければ、だが。


 だが、マナによる身体強化さえアレば人は人の域を容易に飛び越える。

 その感覚の、なんと心地よいことか。

 目立つわけには行かないため、空を飛べないのが残念だ。

 魔物がいないのも、惜しいな。


「このまま、森を一周して探知をしたら帰る、か」


 もともと決めていたことではあるが、探知に魔物が引っかからなかったら今日の探索はおしまいだ。

 体を動かして調子を確かめることが第一で、魔物の討伐は二の次である。

 前者にかんしては、かなりの成果があった。

 現時点での私は、前世のだいたい齢五十程度の頃の実力がある。

 マナ量はもっと多いのだが、肉体が出来上がっていないのと戦闘勘が戻っていないためだ。

 それでも、その頃の私は周囲に自分と同格の存在がいなくなり始めた時期。

 無能の私が、ようやく花開いた時期でもある。

 ある意味で、全盛期だな。


「それに齢七つで到達するとは、あまりにもこの体は才能の塊ね」


 マナに関しては、覚醒した当初の爆発的な増加を加味しても、前世の最大値にはまだ及ばない。

 それでも、まだまだマナは鍛えられる。

 肉体だって、前世のそれとは比べ物にならないくらい自由に動く。

 あまりにも恵まれていた。


「天才とは、こういう景色を見ていたのか」


 かつて、私を置き去りにはるか遠くへとかけていった者たち。

 その後姿が、思い出される。

 そして――彼らを追い抜いていった時の感覚も。

 ”彼女”が見せてくれた、景色も。

 だが、今は。


「……どうやら、このまま夜の散歩というだけでは終わりそうにないな」


 探知に、引っかかった気配が一つ。

 どうやら、まるで図ったかのように魔物が出現したらしい。

 さて、それがダスタウラスなら言うことはないのだが。

 何が出るかと、少しだけ興奮しながら私は気配の方に足を向けた。



 ◯



 そこにいたのは、牛の魔物だった。

 間違いなく、牛の形をしている。

 しかし――


「……小さいな!」


 着地と同時に、その牛の魔物を蹴り飛ばす。

 軽く小突く程度の一撃だったが、魔物は勢いよく吹き飛んでいった。

 とはいえ、死んではいないな。


「ブラウンバッファローか、既知の魔物だね」


 ダスタウラスではなかった。

 しかも肉がまずいタイプの牛魔物だ。

 もし見つけたら、焼いてこの場で食おうと思ってたのだが。

 惜しい。


「さて、一応魔術師ということなのだから……それらしい戦い方をしようか」


 魔術というのは、マナを用いて外部へ影響を与えるすべての現象を指す。

 たとえばマナによる身体強化は魔術ではないが、他者を強化すると魔術になる。

 治癒魔術も同様だ、自己再生と他者の治癒は全く別の現象である。

 というのも、人間は自分の体内にあるマナしか操れない。

 それを体外に放出して、何かしらの現象を巻き起こすには特有の”コツ”みたいなものが必要なのだ。


「中には、詠唱という形でそれを体に覚えさせるものもいるけど……私はあまり好かないね!」


 爆発的に膨れ上がるマナ。

 それを体の外に放出してから望む形に組み替える。

 今回の場合は――私の手先からあふれる、光。

 光弾を飛ばすのだ。

 コレの利点は、光源の存在で夜でも視界が確保できるということ。

 私は狙いをつけて、起き上がろうとしているブラウンバッファローにそれを叩き込んだ。


 結果、一撃でブラウンバッファローは消滅する。


 跡形もなく消し飛んでいた。

 自分でも少しばかりびっくりした、威力が明らかに前世より大きい。

 原因は、魔術を構築する際のイメージを、肉体が正確にマナへと伝えられているからだろう。

 魔術というのは、マナさえアレば誰でも使える技術だ。

 そこに才能の差はないと思っていたが、天才すぎるとこんなところにすら影響が出るのか。


「思わぬ収穫だった」


 攻撃魔術なんて、日常的にぶっ放すものではない。

 というか、魔術というのは学ばなければ使えない、魔術を習っていない今の私が使えるのは本来おかしいのだ。

 だから今まで気付かなかったが。

 結果として、人前で使う前に気付けてよかった。

 簡単な火を生み出すつもりで魔術をつかって、業火が生み出されたりするのを他人に見られたら。

 実力を秘匿するのも容易ではなくなる。

 などと思いつつ。


「……それどころではないかな?」


 高速で、こちらに迫る気配が一つ。

 逃げることも考えたが、ここで戦闘が会ったことは見ればわかる。

 逃げた方が警戒されるだろうということで、留まることにした。

 やってきたのは――



「何者ですか! 貴方は!」



 黒い装束に身を包んだ、ミイだ。

 いや、いきなり蹴りかからないでもらいたいのだが。

 慌てて回避しつつ、着地したミイと私は向かい合った。

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