21 加護の洗礼 ①

 一日が経って、ついに洗礼の儀式を行う日がやってきた。

 正確にはここからしばらくの時間をかけておこなうのだけど、私達は初日から聖都を訪れたのである。

 単純に、立地的に近かったためだが。


「……人が多いですね」

「身分の違うものが同じ場所で洗礼を受けると、問題が起こる場合がある。私達は、あちら」


 昨日訪れた英雄ディオス像の広場に、昨日よりも多くの人間がつめかけていた。

 ここで儀式を行う施設、聖堂へと向かうのだが。

 その際に、身分によって向かう場所が異なる。

 わざわざ貴族階級の私達が広場に来ているのは、洗礼を受ける人間の顔を見るためだ。


「多分、私達が一番注目を集めてると思うのですが……」

「他にも、人だかりのできている場所がある。おそらく、私達と同じ用に有力な貴族か、容姿に優れているのでしょう」


 クルセディスタは名前こそ有名だが、有力というわけではない。

 それを補って余りある私の美貌と、父様の草の根活動によって広がった名声。

 その二つが、結果として私に注目を集めているのだ。

 後者は正直、邪魔と言えば邪魔なのだが、楽しそうな父様を止められなかったのである。

 アレに水を差すのは、どうしてもできなかった。


「この中の何人かが、騎士学校で顔を合わせる相手になるでしょう」


 騎士学校、これから2年後に私が通うこととなる貴族の学校だ。

 騎士団の幹部階級に相応しい知識や立ち振舞、そして実力を身につけるための場所。

 英雄ディオスを支援していた貴族が設立した学校と聞いている。

 相変わらず、彼の影響力は無視できないな。


「さて、そろそろいい時間。聖堂に向かいましょう」

「そうですね」


 周囲の視線の中に、こちらを値踏みする視線や、どこか侮蔑するような視線を感じつつ。

 私達は聖堂へ向かった。



 ◯



 神聖な雰囲気の中、私達は洗礼を受けるため進んでいる。

 周囲の視線は、相変わらずこちらに向いていた。


「見ろよ、アレが噂のクルセディスタの美姫」

「才色兼備との噂だ、あのドラウェル伯爵が注目しているらしい」

「可憐だ……これで、クルセディスタの出でなければ息子の妻として迎えたいのだが」


 なんて声が聞こえてくる。

 ここにいるのは、洗礼を受ける貴族の子息とその保護者。

 私のように専属の侍従をつけている者もいれば、中には父親が同伴しているものもいる。


「家族が同伴しているのは、聖都で暮らしている貴族でしょうね」

「なんだか、そういう貴族からの視線がキツイような……」

「わかりやすくて結構、先に進みましょう」


 前世の頃は、こちらに言い寄ってくる貴族がまともかそうじゃないかは、相手を見て判断するしかなかった。

 そういう意味で、聖都に住んでいる貴族はダメな貴族。

 そうでない貴族はまとも貴族、とはっきりしている今の時代は楽で助かる。

 ただ、それと同時に……


「でも、家族が同伴していない貴族も、なんだかこっちを見てきていますよ」

「まともな貴族でも、クルセディスタに対して思うところがあるものもいる、ということよ」


 クルセディスタは善良な一族だが、同時に聖都近くの安全な場所に領を構えてもいる。

 これはもともと、クルセディスタ領がそういう土地だったというのもあるが――


「……役立たずの一族が」


 そんな小声のつぶやきが聞こえてくる。

 こちらに聞こえていないと思っているのだろうが、残念だったな。

 ミイにすら聞こえているぞ。


「あまりムッとしないの。聞こえていたと向こうが気付いたら面倒だから」

「ですけど……」

「個人的には、今のをきちんと聞こえていたことの方が嬉しい」


 それだけ、きちんとミイが鍛えている証拠だ。

 今のところ、まだまだ私達は肉体的に子どもであるから、本格的な稽古はしていない。

 ミイの場合はそろそろいいと思うのだけど、メイドという立場上そればかりに集中していられないのである。


「それに、彼らの言うことは間違ってもいない。今の時代、どれだけ魔神に有効な加護を得られるかが大事なのだから」


 クルセディスタに集められた兵士の中には、マナ総量が多いにもかかわらず加護が得られなかったからという理由で冷遇されるものがいる。

 そしてそれは、クルセディスタも例外ではなかった。


「クルセディスタの人間が価値のある加護を洗礼された例はない」


 これもまた、クルセディスタが低く見られがちな理由である。

 その後、なんとかミイを宥めて話題は加護へと移る。


「私達、どんな加護を授かるのでしょうか。もらえない可能性もあるんですよね?」

「ある、もしくはもらっても意味のないような、弱い加護とかね」


 そして、そういう加護を与えれたのが前世の私だ。


「騎士団の加護、もらえるでしょうか」

「アレは私達には縁のない加護よ、もっと違う加護になるでしょう」

「そうなんですか? もらえる加護って、基本選べないって聞きましたけど」

「選ぶ余地が生まれたからこそ、騎士団の加護は偉大なの。さて、そろそろ時間ね、先に行ってくるわ」


 頑張ってください、とミイに送り出され。

 いや、頑張るもなにもないのだけど、と洗礼を行う神聖な空間へと歩み出る。

 周囲の視線が、一斉にこちらへ向けられた。

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