20 聖都セフィラナ ②

 洗礼の儀式は、ホテルに到着した次の日に行われることとなっている。

 儀式は、一年のある期間にしか行えない。

 それを逃したら、次はまた一年後。

 私と共に洗礼を受けるつもり満々だったミイは、まだ洗礼を受けていない。

 今はまだ十一だからあと一年余裕があるけれど。

 それも逃したら、ミイは加護なし確定だ。

 まぁ、それで困ることもないのだが。

 どうせ、ミイは一生クルセディスタ……というか、私の元にいるのだろうし。


「聖都セフィラナ、この大陸で最も安全な街」

「まあ、魔神の侵攻地域から最も離れていて、守りも堅固ですからね」

「ミイは、どうして魔神がセフィラナを攻めないと思う?」


 いくら安全だからといって、魔神が全くセフィラナを攻めてこないのはおかしいだろう、と。

 中にはそう思うモノいるくらい、セフィラナは魔神の侵攻とは無縁だ。

 以前はクルセディスタもそういう場所だったのだが、四年前の襲撃でそれも言われなくなった。


「ええと……攻める意味が薄いから、ですか?」

「概ね正解。というか、実際のところはわからないのだけど、一般的に魔神は徒党を組んでいないと言われているの」


 魔神は復数存在しているが、それぞれは独立して行動しているそうなのだ。

 基本的に、それぞれが協調することはなく好き勝手していると。

 そうなると、仮にセフィラナを攻めるにして魔神同士で協調することは難しい。


「流石に、単騎の魔神なら人間は討伐できる。セフィラナの防衛力をもってすれば、特にね」

「ははぁ」


 私達は今、貴族の邸宅が立ち並ぶあたりを歩いている。

 私とミイなら、暴漢に襲われても安心だが、わざわざ騒ぎを起こす必要もない。

 聖都の観光は、治安がいい場所だけにしようと先にミイと話し合っていた。


「そういえばミイは、貴族には二種類の存在がいるって聞いたことある?」

「どういうことですか?」

「自分の領地に籠もってセフィラナへ足を運ばない貴族と、セフィラナから出てこない貴族よ」


 つまり、勇猛果敢な貴族と臆病な貴族の二種類がいるという話だ。

 前者は尊敬すべきで、後者とはお近づきになりたくないな。

 なお、正確には聖都にこもる貴族の中には、内政で忙殺される貴族もいるが。

 それは数の少ない例外である。


「と、付きましたね。ここが聖都セフィラナ一番の観光名所――」

「――英雄ディオスの広場」


 開けた広場は、中央に一体の石像が立てられている。

 人々が、思い思いにそこで日常を謳歌しているのを、石像は見守っているのだ。


「英雄ディオス、人類で初めて魔神を討伐した人……でしたよね」

「ええ、魔神グシオンと相打ちになって、ね」


 英雄ディオス。

 その名を知らない者はいないだろう。

 魔神が出現し、人類が急速に追い詰められている時代。

 人類の中から反撃の狼煙を上げる者たちがいた。

 ディオスその代表格で、金剛等級――つまり、一番高い等級の冒険者だったそうだ。

 その実力は本物で、魔神と対等に渡り合うほどだったという。


「父様は、ディオスと面識があるそうね」

「まぁ、同年代ですしね」


 何でも、ディオスは幼い頃に父様と親交があったのだとか。

 ディオスを知らない人はいないけれど、実際に会ったことのある人間は限られる。

 そのうち一人が、父様だと言うのだから驚きだ。


「ねえミイ、こう考えることもできるのではない?」


 私は、人があまりいない場所まで移動して、遠くからディオスの像を眺める。

 まあ私がいると、私の方に視線が集まってしまうのだけど。

 露骨に近寄るな、という雰囲気を出しておけば、案外近づいてくる者はいなかった。

 まぁ、身なりが明らかに貴族で、メイドを連れているからというのもあるだろうけれど。

 さて、何がいいたいかと言えば。

 この会話が誰かに聞かれることはないという話だ。


「もしもディオスが相打ちになっていなければ、もっと多くの人を救えたのではないか、って」

「それは……」


 ディオスは魔神を倒すために自分を犠牲にする選択をした。

 だが、仮にディオスが生き残る選択をしていれば。

 ディオスはもっと活躍できたはずだ。


「私思うの、相打ち……自分を犠牲にするのって、戦闘に置いては最も愚かな行為よ」

「そう、ですか?」

「ミイの場合、私を助けるために平気で命を捨ててしまいそうだから忠告しておくけど、それだけは絶対にやめなさい」

「うっ」


 まぁ、ミイは完全にクルセディスタへすべてを捧げているのだから。

 自分より私のほうが大事なのかもしれないけれど。

 だからこそ、きつく言っておくべきだ。


「死ねば、すべてそこで終わり。魂は霧散し、二度と蘇ることはない」

「……お嬢様みたいな例もあると思いますけど」

「それはそもそも、女神が魂を回収できるくらいマナの総量が多くなければ意味がない。少なくとも、ディオスはそうではなかったの」


 もし仮に、ディオスが女神殿が掬い上げられるくらいマナが多ければ、転生するのは私ではなかったはずだ。

 私よりずっと、この世界の現状に彼は詳しいはずなのだから。


「だから、ハッキリ言うけれど。ディオスは愚かなことをした」

「……本当にハッキリいいますね」


 その言葉に、私は頷く。



「英雄っていうのは、命の終わらせ方を間違えた愚か者の称号よ」



 言って、私は広場を離れる。

 さて、洗礼の儀式は明日だ。

 今日は、旅の疲れを癒やすこととしよう。

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