22 加護の洗礼 ②

 加護の洗礼を受ける順番は特に決まっていない。

 聖堂の中央に、洗礼を受けるための場所があって、そこに名乗り出たものから洗礼を受ける。

 これが平民の場合は数が多いから、列を作って順番に処理するそうだが。

 貴族の場合は、一緒に受ける従者を含めてもそこまでではない。

 なので、さっさと済ませてしまおうと名乗り出たわけだが――


「――君が一番乗りか」


 中央に立っている、青年神父が少し意外そうに言った。

 そうなのか、話をしていて洗礼が始まったことしか聞いていなかった。


「アリア・クルセディスタと申します」

「知っているとも、君のお父様とは面識があるからな」

「それは光栄ですわ」

「始めても構わないかな?」


 ええ、と頷く。

 相手が父様と面識があるとは、ありがたい。

 クルセディスタは冷遇されがちなので、知り合い以外の神父が対応したら胡乱な視線を向けられていたかも知れないのだ。


「……躊躇いはないのかい?」

「加護がもらえるのであれば、いただくだけです。加護があろうとなかろうと、クルセディスタの人間にさほど影響はありませんから」

「……他の者達は、騎士団の加護が得られなければ一大事だ。そういう意味で、確かに君は気楽だろうね」


 なにせ、クルセディスタは騎士団の加護をもらえないだろうと思われているから。

 そして実際、騎士団の加護の特性を考えれば私が騎士団の加護を得ることはないだろうから。

 そう言って話をしてから、私が祈りを捧げるように膝をついた。

 神父が、その頭に手を翳す。


「――美しい」


 誰かの声が聞こえた。

 一体誰のものかは知らないが、実際端から見ている分には美しい光景だろう。

 私にとっては、比較的どうでもいい事なのだが。

 問題は、どのような加護を受け取るか。


 騎士団の加護のような、あっても使い道のない加護は遠慮願いたいな、と思いつつ。

 自分の中に、自分のものではないマナが入り込んでくるのを感じた。


 ――洗礼。

 それは一言で言えば、人の体内にあるマナを、別のマナが活性化させること。

 活性化したマナは、常に特定の形を描くようになる。

 その特定の形こそが、加護。


 わかりやすく説明すると、マナは身体を強化したり魔術を行使する時、操作する必要がある。

 対して加護は一度身につけてしまえば、念じるだけで勝手に同じ効果を使用できるようになる。

 手軽なショートカットというわけだ。


 だからこそ、加護の本質は手軽さ。

 騎士団の加護は、その極地だ。

 さて、私の場合は一体、どういう加護が得られるのやら。

 前世と同じは、少し困るぞ。


 ――ん?


 などと思っていたら、不意に違和感。

 体内に入り込んでくるマナの感覚。

 数十年前と同じその感覚に、しかし。

 おかしな気配がする。



 ――――これは、魔神のマナではないか?



 思わず、体が固まってしまった。

 もともと動かないように跪いていたのだが、呼吸で体は揺れている。

 それがピタっと止まったのである。

 すぐに冷静になり、元に戻ったが。


 どういうことだ、これはおかしいぞ。

 本来、洗礼は”女神のマナ”を体内に流し込む行為だ。

 マナは女神から生まれたもので、それは時折ある一定の地域で一定の時期に活性化する。

 その活性化したマナを流し込み、体内のマナへ特定の”形”を覚えこませるのが洗礼。

 魔神のマナと女神のマナが同種の別物であるなら、理論上魔神のマナを流し込むことだってできるだろうが――


 考えられる可能性は二つ。

 魔神が騎士団に紛れ込み、良からぬ事をしている。

 そしてもう一つは、魔神のマナを利用することで騎士団は何かをしている。

 前者の可能性を考える必要はないだろう。

 もしそうなら、そもそも人類は詰んでいる。

 味方の総本山にまで食い込んできている毒牙を、どうやって防げというのだ?


 だから、とりあえず騎士団が魔神のマナを利用していると考える。

 これは正直、理解らなくもない。

 魔神のマナが女神のマナと別であるという情報は、騎士団も掴んでいるはずだ。

 そこから、何か利用方法はないかと模索し、秘密裏に実行している可能性は十分ある。

 が、そこに魔神の意思が介在している可能性はないか?

 あえてそうなるように、誘導しているとしたら。

 人類は魔神のマナを制御できているつもりでも、致命的なタイミングでそれが破綻する可能性があるわけだ。


 まぁ、その場合でも詰みは変わらない。

 今の私が気にすることではない。

 問題は、このマナを受け入れるかどうか。

 弾くことなら、容易だ。

 ただそうなると、女神のマナも体内に受け入れられないということになる。

 それは困る。

 いや、加護などなくとも良いが、せっかく受け取れるものを受け取れないのは納得がいかない。

 強くなるには、他者の施しだって時には受け入れるべきなのだ。

 故に、どうするか。

 私はしばし考え――


 とりあえず、魔神のマナは弾いた。

 そしてその上で、新たに自分で女神のマナを取り込んだ。

 ここは洗礼の聖堂。

 女神のマナは、聖堂の中を漂っている。

 やればいいのだ、自分で。

 前世の記憶があってよかった、洗礼の仕方を興味本位で習っていてよかった。


 かくして私は、他人と比べて倍の時間を洗礼に費やし、

 神父の不思議そうな顔に、手間取らせて申し訳ないと詫びを入れてから立ち去った。

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