23 加護の洗礼 ③
周囲がなんだか騒がしい。
やたらと時間がかかったせいだ。
普通は、こんなにも時間がかかることはない。
そそくさと洗礼の場を後にした私だが、その後は記録者の神父に加護を見せる必要がある。
洗礼を行う神父とは別の神父だ。
加護は使用することで身体のどこかに紋様が現れる。
聖痕、などと呼ばれているな。
で、その聖痕、普通ならひと目見てわかるところに発現するのだが。
時折、とんでもない場所へ発現することもある。
私の場合は――右腕全体に、聖痕が浮かんだ。
「これは……見たことない聖痕だな」
聖痕を見た神父がそう口にする。
周囲が少し、ざわめいた。
「やはり、騎士団の加護ではなかったな。所詮はクルセディスタか」
「見たこともない聖痕? あまりに使えなさすぎて、記録し忘れていたのではないか?」
親同伴の貴族から、そんな声が聞こえてくる。
従者を伴った貴族からも、あまりいい感情は向けられていない。
それはそうだろう、普通優秀な効果を持つ加護であれば人づてに噂が広がる。
知られていない加護というのは、それだけ大したことのない加護……というのが一般常識。
しかし、私だけは全く別の感情を抱いていた。
なにせこれは――
「……まさか、彼女の聖痕を私が手にする時が来るとは」
「ん? 何か言ったかね?」
「いいえ、何も」
「それで、その加護の名前は何かな?」
加護は、手にした時点で名前がわかるようになっている。
天啓とでも呼ぶべきだろうか、頭の中にふっと名前が湧いてくるのだ。
だが、私はその天啓に耳を傾けるまでもなく、この加護の名前を知っている。
「天魔」
「……天魔?」
「そう、天魔の加護」
「それは……一体どんな効果を発揮するのかな」
私は、体内を巡るマナに意識を向けたうえで、端的に答えた。
「わかりません」
「わかりま……えっ?」
「この加護は、とても複雑なのです。少しマナに意識を向けてみましたが……一言では説明できそうにありませんでした」
「そ、そうか……」
困惑する神父、それはそうだ。
加護とは本来、非常に単純な能力しか持たないのだから。
しかし、実際にこの加護を与えられて解ったが、この加護はできることが多すぎる。
前世で”彼女”がこの加護を使っている時は、背中に白と黒の翼を生やして飛びながらビームで魔物を蹂躙していた。
正直、どうやってあんな複雑なことを加護にやらせていたのか、今でもさっぱりである。
とりあえず、これ以上説明することは残念ながらできそうにない。
記録者の神父は、困った様子で加護名「天魔」、効果「不明」と記入していた。
◯
さて、その後は順調に洗礼が進んでいく。
私のように、やたらと時間のかかる者は他にいなかった。
「いやあ、お嬢様。何かすごそうな加護をもらってましたね」
「本当に、なにかすごそうなものとしか言えないけどね」
初見ではない私ですら理解できない加護なのだから。
全く聞いたことのない人間に、理解できるシロモノではなかった。
「それで、ミイは貴族の子供が終わった後にするのだったかしら」
「はい、従者組は後でまとめてって感じですね」
貴族が洗礼を行う場所であるが、中には私達のように同年代の洗礼を行っていない従者を帯同させている場合がある。
そういう従者も、ついでに洗礼を行ってしまうのだ。
流石に貴族と一緒というわけにはいかないので、後回しにされるわけだが。
「私、どんな加護になるでしょうか」
「少なくとも、騎士団の加護ではないでしょうね」
「そうなんですか?」
言いながら、記録者に自分の加護を見せている貴族の子供達をみる。
中には、騎士団の加護を発現させているものが復数いた。
聖都に住んでいない貴族は大多数が、そうでないものは半数程度といったところか。
全員が、同じ場所に聖痕を発現させていた。
当然だ、騎士団の加護とはそういうものなのだから。
「騎士団の加護は、一言で言えば戦えない人間を最低限戦えるようにする加護よ」
「戦えない人間を……?」
「そう、八歳程度の幼い子供で、マナ総量が一定以上あるなら大多数はこの条件に引っかかる」
以前少し話をしたが、騎士団の加護は本来なら選べないはずの加護を、ある程度選択できるようにした加護だ。
「正確には、ある魔術師が洗礼の儀式に指向性を与え、特定の条件を満たした人間へ強制的に騎士団の加護を付与するようにしたの」
「戦う力はないけど、マナ総量は一定以上ある人……ですか?」
「正解。私もミイも戦えるし、ミイの場合はマナ総量が足りていないはずよ」
「理屈はわかりましたけど、マナ総量が足りないのはコンプレックスなんですよお」
ごめんなさいね、と謝る。
とにかく、騎士団の加護の登場によって、戦う力を持たない人間でも簡単に超常的な力を操れるようになった。
騎士団の加護の効果が、「身体強化と自己再生」だからだ。
私が普段やっているような、人の域を越えた強化を念じるだけで行えるようになる上、多少怪我してもすぐに回復してしまう。
それを、一定以上の人間へ一律に与えてしまうのだから。
騎士団の加護は、非常に画期的な加護と言えるだろう。
「すごいですねぇ、どうやってそんな加護を与えてるんでしょう」
「さぁ、すごい技術……よね……」
「お嬢様?」
わからない、と肩をすくめようとして、ふと思い出す。
腕組みをして、思い出した内容を言葉にして。
「――騎士団の加護が登場したのは、魔神が人類を脅かし始めてからよ」
私は、あることに思い至った。
つまり、先程私に入ってこようとした魔神のマナを利用しているのでは?
――と。
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