46 決着

 無論、ザガンのマナ総量に私のマナ総量が追いついたわけではない。

 だが、アレだけの一撃を使えばザガンは大半のマナを使い切る。

 そうすれば、今の私とザガンのマナ総量は、ほぼ同じ――若干こちらが上回っていると言えるだろう。


「もう、貴方を守るものはなにもない」


 空中に、私は立っている。

 光の壁を生み出す要領で足場を作り、そこに立っているのだ。

 眼の前にはザガンがいる。

 後は、天魔の加護でザガンを討伐すればそれで終わり。


「――私の勝ちよ」


 もう、完全にザガンは手詰まりだった。

 だが、しかし。


”ハッ――それは、どうかなぁ?”


 ザガンは余裕を崩さない。

 どころか、厭らしい笑みを浮かべてこちらを嘲笑している。


”アレを見ろ!”


 そうして、ザガンの指差す先に――



 ――煙を上げる、クルセディスタの屋敷があった。



「……!」

”まさか、俺がただお前の相手をすることしか、考えてないと思ったか? お前の呼びかけに応えた時点で、屋敷に魔物を送り込んでるんだよ!”


 故に、ザガンは笑みを浮かべる。


”今頃どうなってるか、楽しみだなぁ? 中には俺のマナを取り込んだ魔物もいる。お前でも、倒すのに多少なりとも苦労した魔物だ”


 そんなものが、屋敷を暴れまわればどうなるか。

 わからないわけがないだろう、とザガンは嗤う。


”もう一度だけ、交渉の余地をやる。器をよこせ。そうすれば、あの屋敷だけは見逃してやる”


 勝ち誇り、気色に満ちた笑みを――



「それが、どうかしたの?」



 私は、切り捨てた。


”あ――?”

「貴方は、なにか勘違いしているようね」


 その瞬間、声が聞こえる。

 足元からだ。


「お嬢様!」


 ミイが、こちらを見上げて叫んでいる。


”あの小娘、何故生きて――”


 そんなザガンの言葉に対する答えを、ミイは私に教えてくれた。



「屋敷を襲撃した魔物の殲滅、完了しました!」



”は――”


 硬直するのは、ザガンだ。

 理解できないものを見る目で、こちらを見る。


「言ったでしょう、屋敷の者たちは無能じゃない、と」

”ま、さか――”

「彼らは、本当に強くなった。私が強くしたのだから、当然だけど」


 ザガンが討伐されてから、すでに六年。

 兵士は入れ替わりこそあるけれど、私の稽古によって当時とは見違えるくらい強くなっている。


「最初から解りきっていたことだったのよ。私は強さのために自由を求める。でもそれと同じくらい、強くなろうとする人が好き」


 兵士やミイ。

 多くの、強さのために努力する人々を愛している。

 諦めない人間が、私は好きだ。


「だから、そんな彼らを見捨てることはない。これが、貴方の提案を断る理由」


 結果――



”ふ、ざけるなよおおおおおおおおおお!”



 ザガンは、全力で私に突っ込んできた。

 これが最後の攻防だ。

 だが――


「――愚か」


 すでに、結果は見えきっている。


 空中で私とザガンが激しく激突する。

 お互いに、光の刃を相手に向ける。

 ザガンが黒、私は白。

 夜闇に閃光がほとばしり、空中にひらめきの絵を描く。


 その中で――一閃。


”が、あああ!”


 ザガンのマナを切り裂く。

 そして、二撃。


”な、なぜだ……!”


 ザガンのマナを切り裂く。

 ――三度。


”なぜ、勝てない……!”


 ザガンのマナを、切り裂いた。


「それは――単純」


 ザガンが距離を取り、マナを爆発的に噴き上がらせる。

 先程の光の玉にも負けないくらいの勢い。

 おそらく、残ったマナすべてをこの一撃に込めているのだろう。

 それでも、私には届かない。



「積み上げてきたモノの差よ」



 一閃。


 私は、ザガンごとそのマナを切り裂いて。

 戦いを終わらせた。



 ◯



 魔神を討伐しても、マナの残滓がその場に残る以上。

 本当の意味で、魔神を討伐できた人類はいない。

 騎士団だってそれは解っているだろうけれど、放置しているのはどうにかする手段がないからだろう。

 そして、ザガンのような例外を除けば、基本器以外での復活方法がないから。

 何にせよ、今回こうやって私は――ザガンを、ほんとうの意味で討伐したのだ。


”はぁ、クソ、クソが! ああ、負けだ、負けだよ俺の負けだ! おめでとう人類、お前たちは歴史上で初めて、ほんとうの意味で魔神を討伐した!”

「素直に受け取っておくわ、魔神ザガン」


 言葉を交わす私達のもとに、ミイが駆け寄ってくる。

 私はそれを、途中で押し留めた。

 この魔神、もし仮に隙を見せればミイを相打ちで殺そうとしてくるからだ。


”ケッ、結局最後まで、俺はてめぇにまったく歯が立たなかったわけだ。完敗だなぁ、おい”

「――そうでもないんじゃない?」


 私はそんなザガンの言葉を否定する。

 少なくとも、私にとってザガンは強敵だった。

 手札をすべて使い切り、出せるすべてを出し切ったのだから。

 確かに、こちらの完勝ではある。

 しかしそれは結果だけの話で、最後までどうなるかは理解らなかった。

 故に、私は――


「貴方は強かった。わ、その強さ。私は貴方の強さが羨ましい」

”――――ハッ”


 憧れ。

 強さを求め、最強を目指す私にとって、それは敵に向ける最高の褒め言葉だ。

 私のことを見てきたのだろう、ザガンはそれを理解したように笑い飛ばす。


”てめぇ、名前は?”

「あら、今更? 観察していたのなら、さんざん聞いてきたでしょうに。でもそうね、名乗ってあげる」


 名乗るだけの価値はある。

 私は、そう判断した。


「アリア。アリア・クルセディスタ。貴方を倒した者の名よ」


 それに、ザガンは。


”ハ、ハハハハハ! ハハハハハハハハ!”


 ただ、笑う。


”いいぜ、アリア! てめぇは最強になれ。誰にも負けるな。俺が弱かったと他の魔神どもや人類に笑わせるな! なぜなら――”


 そして、消失する。



”お前は、強い!”



 そう、遺して。

 ザガンは消えた。

 私達は、勝利した。

 故に私は、



 魔神を真の意味で討伐した、人類最初の一人になったのだ。

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