10 ミイという少女 ②
修練場では、今日も兵士たちが鍛錬に励んでいる。
顔ぶれは一年前と多少変わったけれど、私に対する態度は変わらない。
こちらがやってきたことに気付いた兵士が、何人か親しげに挨拶してくれた。
例の少年も、一礼してからまた鍛錬に戻っていく。
彼は、たった一年で見違えるほど強くなった。
身体が成長期というのもあるのだろうが、身長は一気に伸びて体もがっしりしてきている。
今のところ、クルセディスタ一の有望株は彼だな。
名前を聞いても、頑なに教えてくれないことだけが気になるけど。
「ねえ君」
「は、はいアリアお嬢様!」
彼らの態度は変わらないが、彼らとの関係性は少し変化している。
一年前は、修練場の様子を眺めながら読書をしたりしているのが主だった。
当時はあくまで、修練場に私がいることを彼らに慣れてもらうための期間だ。
そして今は、彼らに私が少しずつ介入する期間。
具体的に言うと、
「外から見ていて、剣の持ち方を変えたほうがいいように見えたの。貴方は足腰が鍛えられているから、もう少し体重を乗せたような構えのほうがいいと思う」
「あ、ありがとうございます! こ、こうかな……」
「こう。そうそのまま態勢をキープして……しばらくは、それで素振りをしてみてもらえる?」
いいながら彼の腰に手を当てて、指導をする。
彼は年の頃は二十くらいの青年だ、もうすでにある程度体ができているからそれに合わせた戦い方をすれば劇的に改善するはず。
人によっては上手く行かないこともあるけれど、熱意を持って取り組めばいずれピントを合わせるようにいい感じになる。
「次に……貴方。以前はなしたマナの扱い方は、身についた?」
「は、はい! おかげさまで。今では石を素手で砕けるようになったんですよ!」
「ええ、貴方はマナの総量が人より多い。出力はそれだけで単純に武器になるから」
そうやって、私は兵士たちにアドバイスをしていく。
一年前のあの男……名前なんて言ったっけ? あいつとの一件で私は指導力を兵士たちに示せた。
修練場でずっとあなた達を見ていたら、何となく分かるようになったの、と。
ちょっと規格外の天才みたいな理由付けになってしまったが、受け入れられているようで何よりだ。
以来、こうして彼らの指導を私は積極的に行っている。
おかげで、彼らは劇的に強くなった。
少年以外も、どんどん才能を開花させていっている。
しかしそれは同時に兵士がセフィラナ騎士団に持っていかれがちということでもあり。
なんというか、ままならないものだな、と思う。
これでもう少し戦力がクルセディスタにあれば、最近の魔物増加も早めに対策が打てるのだけど。
「――アリアお嬢様、お掃除が終わりましたよ」
「早かったのね、ミイ」
そうして指導を楽しんでいると、ミイがやってきた。
ミイの手際は、日に日に良くなっているな。
「お嬢様のメイドですから!」
「頑張ってね」
「はい!」
なんだか興奮した様子のミイを微笑ましく思いつつ。
少し休憩ということで、私は兵士たちの輪から離れた。
肉体は動かしていないけれど、代わりに頭を回転させ続けている。
正直、後者のほうが疲れるのが私だ。
それに、こういう状況でもマナの鍛錬は続けているしね。
「皆さん、見違えるほど強くなりましたね」
「ええ、皆熱心だから」
クルセディスタに集められた兵士は、私が修練場へ顔を出すようになる以前からモチベーションが高いそうだ。
そりゃあ、拾ってくれた父様への恩を返すためなのだから、当然なのだけど。
やはり人間、熱意をもって取り組むことこそが上達の近道である。
「お嬢様の指導力あってこそだと思いますけど」
「あってよかった、指導の才能」
「お嬢様は昔から、彼らを見てきたんです。お嬢様もそれだけ熱意があるってことですよ」
「まあね」
そりゃそうだ、こっちは死んでも鍛錬狂いが治らないんだから。
「でも、皆さんはやっぱり立派だと思います。人って、自分から熱意を持って何かに取り組むのってすごく苦手ですから」
「それは環境によるよ、ここはとびきり恵まれてるんだから」
「……そう、ですね。普通は、こうは行きませんから」
なんとなく、遠い目をするミイ。
本人は隠そうとしているけれど、こういう時はやはり過去を思い出してしまうのだろう。
まぁ、こっちも踏み込むことはしないわけだけど。
向こうから話してくるか、何かしらのきっかけで知るまでそうするつもりだ。
と、考え事をしていたら。
カン、という甲高い音。
直後、ミイがハッとした様子で私の前に出る。
「お嬢様、危ない!」
「あ、ああ! ごめんなさい!」
直後、わたしたちの足元に勢いよく木剣が転がってきた。
吹き飛ばしてしまった兵士の悲鳴が響く。
だが、剣はそもそもここまで届かない。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「問題ない、こっちまでは届かないから」
「申し訳ありません、アリアお嬢様!」
兵士が、叫びながら駆け寄ってくる。
申し訳無さそうな彼の顔に、なんだかこっちまで申し訳なくなってくる。
まぁ、誰も怪我していないし、そもそも剣が届かない場所にきちんと私は陣取ってるから何も問題はないのだ。
慌てる兵士をなだめて、剣を持たせてから追い返した。
今度からは、一層気をつけて剣を振るうことだろう。
それにしても、相変わらずいい動きをするな、ミイ。
一体どこで、その体捌きを身に着けたのやら。
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