11 牛の魔物 ①
その日、クルセディスタの屋敷は騒然としていた。
夜、警備に出ていた兵士が命からがら、見たこともないような魔物を討伐してきたのだという。
その魔物の死体を、他の兵士が数人がかりで運び込んだのである。
討伐した兵士は治療を受けている。
かなりの大怪我だから、治すのには魔術を使っても一週間程度の時間がかかるだろう。
まぁ、生きているならそれは良いことだ。
これで、人を呼べば犠牲を出さずに倒せる相手を、無茶して相打ちなんてことになったら目も当てられない。
運び込まれた魔物を、私とミイも見に来ていた。
そのまま解体するということで、修練場まで運び込まれているそれは――
「――牛の魔物ね」
「とてつもなく、大きいです」
巨大な牛の魔物だった。
四足歩行の、人ひとり分くらいのサイズの角が生えた牛だ。
牛の魔物といえば、私の時代だとミノタウロスは有名な魔物だがアレは人型か。
「肉が美味しいといいね」
「さ、流石にそれは呑気すぎますよ」
このサイズだから、クルセディスタの兵士全員で食べても結構余る。
可食できそうな肉なら、の話だが。
まぁ行けるだろう、昔から牛型魔物の肉はごちそうの定番だったのだから。
時たま例外もあるが。
「それにしても、なんて魔物なの? 私も見たことない魔物だ」
「お嬢様が知らないとなると……多分、ここにいる誰もわかりませんよ」
父様や母様も知らないのではないだろうか。
私は屋敷にある書物はだいたい目を通しているから、そこに記録がないとなると知るものはいないだろう。
と、思ったのだが。
後からやってきた父様が、その魔物を見て目を見開いていた。
「こいつは……三年前の魔神襲撃の際に見たことがある!」
「ということは……ザガンの配下ですか? 父様」
「いや……ザガンは討伐されたのだろう。頭を吹き飛ばされて消えた……と、そう言っていたね?」
「記憶が確かならば……ですが」
だから、今更ザガンの配下である魔物が現れるのはおかしい。
しかし実際に、この魔物は突如として現れた。
魔物というのは、マナの淀んだ場所に発生する存在だ。
昔はダンジョンに、マナによって作られた魔道具といっしょに出現するのは定番だったが。
いや、今もダンジョン自体はあるらしいが、ダンジョンの魔物は一定数しかわかず、ダンジョンの外に出てくることはないので捨て置かれているらしい。
それにかまけている時間はない、と。
なんか後々ダンジョンで厄介事が発生しそうな話だ。
まぁ、それこそ今は関係のない話。
大事なのは、ザガンの配下である牛の魔物が出現したということ。
ここ最近の魔物増加も相まって、なんとも怪しい。
ミイと魔物の話をしてから、数ヶ月が経っていた。
魔物の増加は相変わらず続いているが、増加する数に変化はない。
「父様、実は少し前から気になっていることがあるのですが」
「……魔物の増加の件かな?」
「さすが父様、ご存知だったのですね」
じゃあそろそろいいだろう、と報告しようと思ったら父様はすでに把握していた。
なんでも、先月ふと気になって魔物の出現数の報告を確認したら、ちょっとずつ増えていることに気付いたとか。
後ろでミイが「完全にお嬢様の言う通りになりましたね」みたいな顔をしている。
「それでお父様、以前に相対したのであれば名前はつけませんでしたか?」
「名前か……」
「おそらくですが、今後もこの魔物は発生してきます。名前があったほうが何かと便利かと」
「そうだな、少し考えておこう」
考えていなかったらしい。
新種の魔物を発見したら、発見者に命名権があるのだが。
中には自分の名前と魔物の特徴をかけ合わせることもある。
つまりこの場合は……
「父様の見つけた
「まぁ、それでいいかな」
「いいのですか!?」
思わず驚いてしまった。
いや、それでいいのですか父様。
完全に与太のつもりだったのですけど、こっちは。
なんか、周りは私の命名より私が驚いたことの方に、驚いているんだけど。
いや、普段から物怖じしない娘ではあるけれども。
いいのか、ダスタウラスだぞ?
「多分、お嬢様のネーミングだから判断基準が甘くなってるんですよ」
「いいのかなぁ」
こっそり耳打ちしてくるミイに、私は首を傾げる。
まぁ、父様がいいならいいか。
そもそも今まで未発見の魔神配下とか、ピンポイント過ぎて他で出くわす気がしない。
「そもそも、問題はネーミングがどうこうじゃないし」
「そうですね……」
「肉が食べられるかどうか」
「えっ!?」
その、「この親にして子あり」みたいな態度はよくないな、ミイ。
ともあれ、この魔物がどうして出現するようになったかだ。
考えられる理由は一つしかない。
もしそうなら、結構厄介な話になるのだけど。
まぁ、ちょうどいいと言えばちょうどいいタイミングでもある。
そろそろ、以前撒いた布石――謎の女魔術師が倒したという噂を、回収する時が来たかな。
とかなんとか、考えてる横で。
「……なんとか、しなくちゃ」
誰にも聞こえない――と思っている――声で、呟くミイの姿を私は見逃さなかったのだった。
なお、ダスタウラスの肉は非常に美味であった。
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