32 セフィラナを後にする

「昨日は本当に大変だったんですよ、声は確かにかけられませんでしたけど、視線がすごくて」

「お疲れ様。それよりこっちのほうが大変よ、聖堂で魔物が殺さていたんですって」

「殺したのお嬢様じゃないですか!」


 翌朝、それはもう疲弊した様子のミイに泣きつかれた。

 私はそれをヨシヨシと頭を撫でて労う。

 すると、ミイは嬉しそうに納得してくれた。

 前世の自分も、こんなにチョロかったのだろうか。

 猿の魔物にはああいったけど、ミイの人生のためにももう少し彼女に頼らないようにするべきかもしれない。


「で、聖都に魔物が現れたということは、魔神出現以来の大事件。洗礼にやってきている貴族はすぐに自領へ戻るように、ですって」

「まぁ、洗礼も終わっていますから、後やることは完全に社交だけですしね」


 まだまだ洗礼が終わらない一般市民はともかく。

 貴族はすでに全員が洗礼を終えている、だったら事件の起こった聖都ではなく家に帰すのが得策との判断。

 加えて言えば、聖都に貴族を置くとなると万が一のことを考えて騎士団を護衛に配置する必要がある。

 そうなると、貴族の居場所はまちまちで護衛も数が必要になる。

 一箇所に固めて、それを集中して守ったほうが効率はいいのだ。


「というわけで、帰りは他の貴族と一緒に帰ることになる。交流はそこで図れってことね」

「な、なるほど」


 というわけで、さっさと帰りの支度をしよう。

 その間に、今回の顛末をミイに話す。


「とりあえず、魔神の目的と騎士団の加護の仕様を考えると、人類が魔神に利用されているという可能性は薄そうね」

「もしそうなら、流石にお嬢様でもどうにかするのは難しいですか?」

「どうかしら」


 今回に関して言えば、正直私があの魔物を討伐する理由は薄い。

 討伐しないと狙われる可能性があるから、先んじて討伐しておいただけで。

 もっと言えば、そのついでに魔物を通して色々と状況を見極めたかったというのもある。


「あの魔物の計画を考えると、聖女の器に魔神グシオンのマナが細工をしていることは最低条件。そしてそれを確認するには、聖堂で魔神グシオンのマナを調査する必要がり」

「ええと、仮にお嬢様があの場にいなくて、お嬢様が細工を受けていないことが判明した場合は……?」

「あの魔物は、復活を諦めて逃走していたでしょうね」


 目玉の魔物がいうには、あの猿の魔物があそこに現れるには多くの偶発的な条件をクリアしないといけない。

 そしてその偶発的な条件が本当にたまたまクリアされたことによる、千載一遇の好機。

 捨てるのも惜しいからと出張ってきただけで、本命の策は別にあったはず。


「お嬢様が、それをめちゃくちゃにしちゃったんですねぇ」

「言い方が悪い。天運がこちらへ味方した、としておきましょう」


 ともあれ、魔神に関してはコレでおしまいだ。

 残った問題は、ルプラス伯爵に接触すること。

 今回、私が猿の魔物を討伐したことで、一応それが可能になった。

 なにせルプラス伯爵は騎士団の要職、おそらく今回の件を受けて聖都に呼び出されるだろう。


「一応、ミイを私ということにしてクルセディスタの屋敷に返して、その間に私がルプラス伯爵へ接触するという選択肢はある」

「そ、それ……私の負担がとても大きいやつでは? ご当主様と奥方様相手にごまかせる気しませんよ!」

「他にも、アリアという地位を捨てて接触するのは困難極まる。加えてそれをすることで手に入るのはルプラス伯爵とのコネと……多くの厄介事よ」


 私の正体を隠してルプラス伯爵へ接近するには、それ相応の功績と理由が必要になる。

 たとえば猿の魔物を討伐した事実を明かしたりと、功績の種は色々あるだろう。

 でも、そうしたところで得られるのは地位と名誉。

 強さだけを追い求めたい私にとって、絶対に避けたい報酬だ。


「よって、二つの理由からルプラス伯爵に接触することはしない。使用人に要件は伝えた以上、それが彼に伝わることを祈りましょう」

「まずはお手紙からですね」


 話が伝われば、ルプラス伯爵が手紙をよこすはず。

 それをあてにして、とりあえず私達はこれ以上行動を起こさないことに決定した。

 ともあれ、色々あったが後は屋敷に帰るだけだ。


「お嬢様、お嬢様にとって聖都ってどうでしたか?」

「どうも何も、数日しかいない場所への感想なんて大したこと言えないでしょう」

「そ、それはそうですけど」


 しかし、そうだな。

 ミイの言葉に、私は少し考える。


「今回、加護を手に入れたことで私達は対外的にも加護という能力があると示せるよになった」

「ええと、つまり?」

「――そろそろ、表立って鍛錬を開始してもいい頃合いね」


 その言葉に、ミイは少しだけ目を白黒させた後。


「……ついに、ですね!」


 それを、精一杯輝かせた。

 なんというか、ミイも大概強さに魅入られているな。

 なんてことを考えつつ、私達は聖都セフィラナを後にした。


 ――


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