43 魔神 ①
おそらく、この姿がザガンにとっては最も全力を震える姿なのだろう。
もしかしたら、聖女の器を手にしたザガンはさらなる能力を手に入れるかもしれないが。
それは、私には関係のないことだ。
そもそも私という器を奪わせることはないし、仮に奪われたとしても奪われた時点で私は死んでいるからだ。
マナだけの姿になったことで、実体を伴う攻撃は一切受け付けなくなった。
言葉にすれば単純だが、あまりに厄介な特性だ。
これでは、絶対にザガンを傷つけることはできない。
私には勝ち目がないのだ。
それでも――実に、実に心躍る戦いだ。
前世より生まれ変わって、同格の相手と戦う機会はここまでついぞなかった。
それがようやく、強敵と呼ぶに相応しい相手を見つけたのだから。
心躍らないはずがない。
解っている、戦いに心を奪われるということは、死に近づくということだ。
シャロンがそうであったように、戦いとは命を奪うもの。
同時に、自身の命が奪われるものでもある。
私は、それを知っている。
死にゆく者たちはそうではなかったけれど。
私は確かに、この戦いが危険なものであると知っている。
だからこそ、私は――戦場での死を選ばなかったのだろう。
◯
高速でかけながら、迫りくる光を避ける。
黒く染まった、闇に溶け込んだ光だ。
光が木に激突すると激しい爆発を起こし、煙が視界を覆う。
ミシミシと折れて迫ってくる木を避けながら、更に私は駆けた。
「きれいな森を破壊するなんて、品性がないのね」
”てめぇがコソコソ逃げるからだろうがよ! どこに逃げるつもりだ!? パパとママに助けてと慈悲でも乞うつもりかよ!”
そのつもりなら、最初から一人でこんなところまで来てはいない。
こちらから攻撃手段はなく、向こうの狙いが私の体なら戦い方は一つしかないだろう。
”ハハッ、解ってるさ。てめぇが俺のガス欠を狙ってるってことくらい!”
「それで?」
”いいことを教えてやろう。このまま戦ってマナを使い続ければ――一年もあれば俺のマナは尽きるだろうぜ!”
そしてこれまた案の定、マナを枯渇させるという戦法は現実的ではない。
まぁ、最低限の目的は達成された。
こうして無駄な方法を取れば、気を良くしたザガンはこちらの心を折るために情報を開示するだろう、と思っていたのだ。
向こうには、まだまだ余裕があるからだ。
「なら、やり方を変えましょうか」
そう言って私は立ち止まり、迫りくる光弾に対して自分のマナをぶつけた。
途端に二つのマナがぶつかり合い、激しく周囲を揺らす。
「解っていたけど、強烈ね」
”チッ、鬱陶しい!”
今度はザガンが距離を取りつつ、光弾を連打してくる。
先ほどと比べて、倍以上の数だ。
私は構わず中に突っ込んでいく。
「やっぱり、魔神のマナと私達のマナは”混ざる”わね」
”ハッ、だからどうだってんだよ!”
何をしたのか。
二つのマナを混ぜたのだ。
理屈としては、加護の洗礼に魔神グシオンのマナを混ぜれるのと同じ理屈。
混ざるということは、混ざった二つのマナが一つになるということ。
混ざったマナは最終的に一つの形に変わっていく。
大気にあるマナの量は圧倒的に、女神のマナ――つまり私達のマナの方が大きい。
結果として、ザガンのマナは女神のマナに希釈されていくわけだ。
「このまま、貴方自身を女神のマナに希釈してしまえば」
”気色悪いこといってんじゃねぇ!”
その瞬間だった。
ザガンが、私の後方に出現する。
眼の前にもザガンがいるというのに。
この距離は、回避できない。
”吹き飛べってんだよ!”
途端、爆発。
私の体はそれに呑まれ――光の壁が爆発から私を守っていた。
ダメージはない。
”チッ、今のにすら反応するのかよ”
「ギリギリだったじゃない。おかげで、爆発をマナで希釈できなかった。ただ防ぐことしかできなかったの」
”十分化け物だ、つってんだよ。――だがな”
ザガンの声が、二箇所から聞こえてくる。
どうやら、ザガンはマナを分割させることで複数箇所に出現できるらしい。
空気が自我を持っているようなものだ、そういうことも可能なのだろう。
そしてそれが――
”お前は一人だ。こっちは、俺のマナがある限り無限に増えるんだよ”
四つ、八つ、十六――無数に増えていく。
”この数から逃げ切れるか? 希釈するとしても、希釈しきれるか? 俺は自身のマナがある限り、絶対に不滅だ!”
「……やってみなさい」
その言葉へ、私は静かに返す。
ザガンはあからさまに笑みを浮かべ――
”ハッ、……死ね”
無数のマナが、連続で襲いかかった。
爆発が、閃光が、四方八方から襲いかかる。
その数、莫大。
私は迫りくるそれらを、壁で弾き、マナで希釈していく。
上下左右、四方八方。
無限にも思える手数の中から、一箇所に穴を作って脱出。
追いかけてくる攻撃を弾きつつ、ひたすらに移動していく。
目的は――
”まさか、虱潰しかよ!”
ザガンのマナだ。
これだけあれば、向こうも油断して接近を許す。
そこに、私のマナを叩き込んで希釈していく。
激しい振動。
それが二つ、三つ。
どんどん数が増えていく。
”これだけの数で囲んでるってのに……全部対応するつもりかよ!”
「――当然」
激しく激突する私とザガン。
だが、はっきり言おう。
優勢なのは、私だ。
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