4 クルセディスタ家 ①
私には才能がなかった。
極端に少ないマナは、周囲からよく侮蔑の視線を向けられたものだ。
加護だってろくなものが与えられず、誰も私に期待なんてしていなかっただろう。
それでも、私は鍛錬を続けた。
なぜなら、それが私の生きる意味だったからだ。
強さを求め、自由を求め。
才能という生まれ持っての格差を拒絶し、最強へと至る。
それこそが――
何も持たずに生まれた私が、ただ一つ手に入れることのできた生きる意味だったのだから。
◯
意識の覚醒から、二年が経った。
あれ以来、私は情報収集に努めている。
女神様の事を信用していないわけではないが、どこでうっかりがあるかわからない存在であることは事実だ。
私の生まれはクルセディスタ家。
クルセイダ家ではないかと思ったが、クルセディスタであっているらしい。
まぁ、あの頃から千年経っているから家名が変わるのも無理はない。、
アリア・クルセディスタ。
それが私の新しい名前。
女子に生まれ変わったのは、未だになれないところではあるが。
周囲からの認識は「お転婆」で済んでいるはずだ。
女性らしい言葉遣いも、少し変かもしれないが身につけている。
ようは、見て、学べばいいのだ。
武術だって、時には見ることで稽古をすることもあるのだから。
問題は、魔神の存在。
どうも人類はかなり旗色が悪いらしく、大陸の半分が魔神に奪われてしまったらしい。
セフィラナ騎士団と言う組織が魔神の進行を食い止めているそうだが、少しずつ押し込められているとのこと。
とはいえ、私の暮らしているクルセディスタ家は戦場となっている土地から離れた場所に領を構えている。
戦闘自体もここ二十年ほどはジリ貧気味とは言え膠着しているらしい。
私が成長し、大人になるだけの時間はあると考えてもいいだろう。
だからこそ女神様も、私を転生させたわけだしな。
気になるのは、聖女に関する情報がまったくなかったこと。
私の時代にもそういった称号は存在していなかったし、魔神側の呼称と考えるのが自然か。
あれ以来私のところに魔神が襲撃してきていない事を考えると、魔神は聖女の誕生は把握していてもその正体までは把握していないのだろう。
ともかく、向こうに私の正体が知られる前に、色々と準備を済ませたいところだ。
さて、情報の収集に徹している、といったが。
それは当然だ、今はまだ肉体が出来上がっていないのだから。
鍛錬を始めるのは、まだ先の話。
しかし、だからといって何もしていないわけではない。
具体的には――マナを鍛えるのだ。
◯
「――アリアお嬢様、やっぱりここにいたんですね」
「……ん、ああ」
意識を内に集中させつつ、ぼんやりと眼の前の光景を眺めていたら声をかけられた。
長い黒髪の、私より三つ年上の少女だ。
メイド服を着ていて、私をお嬢様と呼ぶ。
つまり私の侍従である。
「ミイ」
「お嬢様は、本当に修練場を眺めるのが好きですね」
ミイ、私が一年前に拾ってきて、世話を任せている少女だ。
私達がいるのは修練場、クルセディスタ家の抱えている兵士達が常日頃自身を鍛える場所だ。
暇があれば、私は常にここへやってきて彼らの鍛錬を見学している。
理由は様々だが、まぁ一番は私がこの光景を見ていたいからだな。
「彼らは真剣なの、ミィ。私みたいな小娘が見ていても、何ら気にせず鍛錬に集中している」
「いやいや、意識はしてると思いますよ。アリアお嬢様、ほんっと可愛いんだから」
まぁ、私が見学を始めた当初は彼らも緊張していたし。
私の母譲りの美貌と青みがかった白い美しい髪は人を惹きつけるけれど。
それでも、慣れてしまえば彼らはいつもどおりに鍛錬をしていた。
その集中力は素晴らしいと、私は思う。
あと、ミイは元々孤児の出身なので敬語の使い方が甘い。
こういうところを孫を見るような目で見ていると、たまに怒られる。
まぁ、中身はともかく外は年下の小娘だからな。
致し方あるまい。
「そういう真剣な様子を見ているのが好きなの。他にやることもないし」
「いっぱいあるじゃないですか? 礼儀作法とか……ダンスの練習とか」
「今の時代、そういった芸事に力を入れて何になるの? 明日があるかもわからないのに、貴族がそんなことしてたら民はついてきてくれないでしょう」
「お嬢様は極端すぎますって……」
そんな事をしている暇があったら、マナを鍛えるのが最優先だ。
無論、ダンスや礼儀作法を学びながらマナを鍛えることもできるけれど。
やりたくないことをしながら鍛えるよりも、やりたいことをしながら鍛えるほうがどう考えても有益である。
それにしても、魔神を相手にした時のようなマナの急激な成長はアレ以来一度も起きていない。
才能のある人間は全員そうなのかと思ったのだが、どうやら違うようだ。
こればかりは少し残念である。
「そういえばミイ、私を呼びに来たということは何か用事があるのではない?」
「あ、そうでした。お嬢様、今日は来客がいらっしゃる予定になっていましたよね?」
「来たってこと、その来客が」
はい、と頷くミイの言葉を受けて立ち上がる。
そういうことなら、親孝行な娘としては挨拶くらいはしておかないと。
そう思っていたところに――
「ここか、アリア・クルセディスタの居場所というのは」
なんだか、厄介そうな男が入ってきた。
こういう手合は、前世の頃から面倒しか運んでこないな、という雰囲気の男だ。
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