女神様の回顧

 女神セフィラナは、なんとか”彼”の魂を送り出して人心地ついていた。

 魔神と呼ばれる存在が、大陸を跋扈し始めて(女神の感覚で)少し。

 ようやくこれで、人類にも光明が見えるのではないか。

 彼にも言った通り、本当に一体どこから魔神が出現したのか知らないが。

 そもそも魔神は人類に討伐できない存在ではない。

 ならば、あの最強の武人である彼ならば、問題なく撃破できるだろう。


 百年にも満たない短い彼の人生は、女神の中で強烈に焼き付いていた。

 始まりは、偶然彼に”視点”をあわせたこと。

 女神セフィラナは特定の人間に視点を合わせることでしか下界を意識することができない。

 故に目を離した隙に魔神の台頭を許したわけだが。

 このとき女神が彼に視点を合わせたのは、彼が強大な魔物を単独で打ち破ったからだ。

 現在では魔神の配下として人類を脅かしているが、当時は魔物こそが人類最大の脅威だった。

 そんな魔物の――特に危険とされるドラゴンを単独で撃破してみせたのである。

 女神にしてみれば、それは衝撃的な光景だった。


 なにせ、彼のマナはその殆どが鍛えて”成長”させたものだ。


 女神には、人に宿るマナが元からあったものか、成長に寄って獲得したものか見分ける力がある。

 ほとんどの人間は、元から宿っていたマナが大半を占める中で彼は違った。

 ほとんど、といったが。

 彼の場合元からあるマナを10としたら、成長したマナが990といった具合だ。

 そこまで鍛えることは理論上可能だが、あまりにも修羅の道だったことだろう。


 それからも、彼は多くの伝説を打ち立てた。

 魔物を倒し、悪に染まった人を倒し。

 その度に彼は強くなっていった。

 恐ろしいのは、彼は晩年までマナを鍛え上げたこと。

 女神が観測を始めてからもなお、彼はマナを鍛え続けた。


 結果として、千年たっても魂が残り続けるほど彼のマナは強大となったわけだ。

 こうして、世界を救うために送り出せたこともあって、女神はそのことに感謝しかない。


 彼ならば、きっと世界を救ってくれるはず。

 「強さを求めることしかしない」と言っていたが、彼は彼なりの正義感で行動するタイプだ。

 時には人を殺めたりはするが、人道に反することは絶対にしない。

 ただまぁ、結果的に武力で黙らせられれば何をしてもいいというキライはあるが。

 それくらいの積極性がないと、今の時代人類を救うことはできないだろう。


 いやまぁ……多分、大丈夫なはずだ。

 前世の時代、圧政に苦しむ人々を見かねて乱暴な役人を張り倒した結果。

 あれよあれよという間にその街の領主に喧嘩を売ることとなり、指名手配を受ける。

 それを誤魔化すために、腐敗した国を正したいと志していた王子を焚き付けて国を改革。

 気がつけば現王が打倒され、焚き付けた王子が即位するような状況のお膳立てを作ったのに、本人は修行を優先して要所にしかかかわらなかったり、と。

 後先考えずに行動しては、自分優先でそこから遠ざかったりするダメなところもある人間だ。

 しかし不思議と、それですべてが上手く行く天運の持ち主でもあった。

 女神が関わっていないそれは、どちらかといえば悪運の類ではあったが。

 それに、要所では関わったのだ。

 絶対に必要な義理はきちんと果たすタイプである。


 不思議と、人を惹きつける存在なのだ。

 晩年は彼の生き様に脳を焼かれた門人が集まって、一大門派を築き上げたりもした。

 まぁあくまで彼の生き様に憧れた者たちの集まりなので、彼の死亡とともに自然消滅したが。


 そんな彼だからこそ、と女神は思う。

 この魔神に脅かされた世界に風穴を開けてくれる、と。

 かくいう女神も、彼の生き様に脳を焼かれた存在の一つなのであった。


 …………いや。

 ……どうだろうなぁ。

 大丈夫かなぁ。


 女神は、そもそもどうして彼があのような人間になったのかを知らない。

 女神は過去を見ることができないし、初めて彼を見たときにはすでにああだった。

 果たして、どんな人生を送れば彼はあんあ人物になるのだろう。


 心配性な女神は、心配になった。

 そしてそれを心配しすぎるあまり、観測をおろそかにし。

 気がついた時には、数年が経っていた。

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