34 諸々の進捗

「さて、と。休憩がてら情報の確認をしましょうか」

「相変わらず、ルプラス伯爵からの連絡はありません」

「まぁ、二年経っても何も無いってことは、向こうに上手く伝わらなかったのでしょうね」


 二年、それだけの時間が経って、私達の環境には相応の変化があった。

 まず私が十歳になり、剣の稽古をするようになった。

 もともと幼い頃から修練場に入り浸っていた身だ、両親も反対はしない。

 気を付けて稽古をするように、とのこと。

 まぁ、そもそも貴族というのはある程度民を守るために武芸を嗜むのが今の時代だ。

 クルセディスタはどちらかと言うと戦うよりは教育のための場所だが、長である私や父様に限っては例外である。


「ミイも鍛えたいと言い出したら、流石に驚かれたけどね」

「あはは……まぁ、私は普通のメイドってことになってますし」


 ミイが元闇宵であり、最低限の戦闘能力を有していると知らなければ無理からぬことだ。

 とはいえ、ある程度基礎ができている事もあって、ミイも筋がいいと評判である。

 周囲からは私がスパルタなのだと認識されているが、それは事実なので否定はできなかった。


「まあでも、ミイが戦う力を身につけることは悪いことじゃない」

「千変の加護も、使い方によっては便利ですしね」


 千変は、変化する時に衣服すらも変化させる。

 もともと魔術で武器を形成しての暗殺技術を仕込まれていたミイにとって、衣服の応用で武器を形成することはそこまで難しくない。

 これを利用した、どこでも戦えるメイドになるのが今のミイの目標。

 というより、千変の加護を手に入れたのだから、せっかく出しある程度動けるように鍛えようというのが周囲への方便だ。

 私が、天魔の加護を手に入れたことで、それを使いこなすという名目で剣を振り始めたように。


「先は長いですけどね……」

「私を目標にした以上、長くないと困るのよ」


 ただ、よりにも寄って目標を私にミイは設定した。

 相変わらず、言葉ではともかく内心は随分私に心酔しているな、と思った。

 どうでもいいが、体を鍛え始めると雑念が消えるのか、最近のミイは私を邪な眼で見なくなっている。

 いいことだ。


「それで、猿の魔物の件に関しても新しい情報はなし、と」

「すくなくとも、女魔術師が魔物を倒した……みたいな話はないですね」


 猿の魔物。

 私が倒したあの魔物は、色々と聖都や騎士団で物議を醸した。

 ただ、聖都の警備を魔神配下の魔物ならすり抜けられるのではないか、という仮説は早い段階から生まれ、実戦での検証を重ねた結果事実だと特定されている。

 警備に使われる魔術も、魔神の配下に対応したものとなっており、今後配下が聖都へ忍び込むことは難しいだろう。


「それと、相変わらず魔神側も最近は大きな動きを見せてません」

「聖都の警備に穴があると知られたのは、魔神にとっても痛手だったのでしょうね」


 思うのだが、現在は魔神側にとってもかなり厄介な状況ではないだろうか。

 魔神の隠していた手札がうっかり暴かれ、人類は警戒を強めている。

 今の状態で攻め込んでも、人類の警戒を突破するのは難しい。

 逆に人類も、警戒を強めるあまり魔神相手に攻勢に出れていない。

 この二年間、魔神が討伐された話も人類の戦線が後退した話も聞こえてこない当たり。

 戦争は、膠着していると言えるのだろう。


「この隙に、謎の女魔術師の噂が広がってくれるといいのだけどね」


 私はここまで、魔神関係の魔物をすべて光の剣と魔術で倒している。

 これは二つの事件を解決した人物が同一人物であると思わせるため。

 そして、この謎の魔術師が周知されると、私は自然と犯人から除外されるのだ。

 なにせダスタウラスとザガンの方はともかく、猿の魔物に関しては討伐されたタイミングで私は晩餐会に出席していたのだから。

 なので、もう少し謎の女魔術師さんには地名をを上げてほしいのだが。

 あいにく、丁度いい事件が近くで起きなかった。

 残念だ。


「最後に、ルプラス伯爵の件ですけど」

「……原因は、まぁ私でしょうね」


 ルプラス伯爵とは、あれから連絡を取れていない。

 理由はおそらく、私が猿の魔物を倒したから。

 私の訪問なんて、ルプラス邸にとっては正直些事である。

 魔物が聖都に侵入したという大事件と比べたら。

 なので、私が発生させた大事件のせいで、連絡漏れが発生していても不思議ではない。

 もしくは、ルプラス伯爵が興味を示さなかったか。


「どちらにせよ、私としては正直ありがたい」

「その間、鍛錬で強くなれるから、ですか?」

「もちろん。正直このまま、騎士学校に入学する十二歳になるまで実家で鍛錬だけしていたい」

「お嬢様って――」


 ミイが何かを言いかけたところで。

 別の人物が、私達に声をかけてきた。



「アリア、ここにいたのね」



 その声に、私は視線を向けて笑みを浮かべる。


「リリアお母様。外に出ても大丈夫なのですか?」

「ええ、今日は体調がいいから」


 私の周囲で起きた変化。

 それはもう一つあった。

 しかも、かなり嬉しい変化だ。

 リリア・クルセディスタ。

 私のお母様が、一人で外に出られるくらいまで回復したのである。


 主に、私の天魔のおかげで。


 ――


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