29 宴もたけなわと申しますし ②
「お嬢様、これ本当に大丈夫なんですか、お嬢様」
「周囲の視線は全く訝しんでいない、問題ないでしょう」
時間は少し巻き戻って、晩餐会にて。
現在、私は”私”の姿をしているミイを陰ながらにサポートしていた。
具体的に言うと、部屋の外から内部を監視しつつミイと魔術で念話を行っているのだ。
「一日かけて、急ごしらえで行儀や振る舞い方を叩き込んだかいがあった」
「スパルタすぎますよお。というか普通こういうのって私が陰ながらサポートするのが普通のような」
何をしたかといえば単純。
ミイが影武者になって、私の代わりに晩餐会へ出席している。
方法はこれまた単純で、ミイの加護を利用していた。
「貴方の加護”千変”がこういう目的で便利すぎたのよね」
「そうですけどお」
ミイの加護は千変。
名前の通り、あらゆる姿に変化できる魔術だ。
私とミイはそこそこ以上に身長差があるけれど、それに関してもミイが背を縮めることで解決している。
声すらも変化してしまうから、見た目で正体を見抜ける者はいない。
私くらいの達人がマナの変化を見抜ければ、といったところか。
それに関しても、鍛錬で解決できるかもしれない。
こういうのは、強くなった時を想像している時が一番楽しいな。
「さて、そろそろ周囲の注意も貴方に向かなくなってきた。魔物も動き出したようだから、私はそちらに向かうとしましょう」
「うう、ここからは一人ですか?」
「もう周りも貴方に声をかけてくる人間はいない、とにかく。影武者作戦の有効性が証明されてよかった」
「絶対に、今後も何かと影武者させるつもりですよね、お嬢様」
それに「もちろん」と返して念話を切る。
さて、そろそろ魔物の元へ向かうとしよう。
◯
――なんてことがあったのだ。
それを、私はつらつらと語る。
時間を稼ぐ目的があるからだろうけれど、猿の魔物が結構真剣に聞いてくれるからだ。
この魔物、なんとも聞き上手である。
”ふん、なんとも不憫な従者だ。たまたま加護に恵まれたという理由だけで、そのような無茶をさせられるとは”
「それだけじゃない、彼女は私の唯一の理解者よ。お互いのことを、すべて理解しているのだから」
”どうだかな、人というのは想い合っていようとすれ違うものだ。無茶をさせれば、それだけ心が離れるぞ”
「人間のことをよく知ってる風にいうじゃない」
実際のところは、人なんてそうやって一括りにできるものではない。
確かにミイは私から離れていくかもしれないが、そうではないかもしれない。
「逆に、私という存在に魅入られるかもしれない。一生瞳に焼き付いて、離れないかもしれない」
”それこそ、知ったようにいうではないか”
「……そうね」
”まるで貴様が、その焼き付いて離れなくなった側であるかのようだ”
――なかなか、鋭いことを言う。
実際それはその通り、私は彼女の存在が焼き付いて離れなくなった人間だ。
前世において、私の隣にいて”くれた”存在。
私が強さに魅入られた、一番の要因。
”いいな、その瞳。焦がれる側の瞳だ。それだけ恵まれた立場にいながら、お前は弱者の感情を知っているのか”
「ありがたいことにね。私は才能を持って生まれた、けれどもその才能で満足なんてしない」
私は、自分の手を見下ろして語る。
その手には、マナが渦巻いている。
前世の同じ時期とは比べ物にならないほどの量のマナが。
「才能を持って生まれた人間は、その才能ゆえに周囲から期待される。そして期待された位置に自分のゴールを定めてしまう」
”…………”
「そしてその位置にたどり着いたら、そこで努力を止めるのよ。もっともっと強くなれるのに、なんて惜しい」
努力を止める理由は、いくらでもある。
才能にふさわしい立場を手に入れたから。
努力よりも、民や仲間を守るために力を使う方に時間を割いたから。
「強者には、強者に求められる振る舞いがある。それは強くなることではなく力を振るって弱者に恩恵を与えることよ」
”そして、そればかりに気を取られていたら、努力は疎かになってしまう、か”
「その通り。才能がアレば、努力すればもっと強くなれるのにね」
本当に、惜しい話だ。
だからこそ、私は違う。
強さを求める、努力を止めることはない。
”だが、強者が強さを求めるということは、摂理から外れるということだ。今のお前のように自由に振る舞い、道理を忘れ、ただ強さだけを求める”
「魅力的よね、その姿は」
”――――その先に待っているのは、死だぞ”
「知っている」
そっけなく、答える。
言われるまでもなく、理解していることだ。
それと同時に。
「――さて、そろそろいいかしら」
”…………”
「私が貴方の時間稼ぎに付き合った理由は、情報収集のためだけじゃない」
というより、結局情報なんてほとんど聞き出せなかった。
この魔物が聞き上手なのがいけない。
「貴方の狙いを判断するため。案の定、狙いは主人のマナだった」
“ふん、分かったところで何ができる……! 御方のマナを取り込んだ私は、御方にも劣らぬ存在だ……!”
瞬間、祭壇からマナが溢れ出る。
案の定、騎士団の加護はグシオンのマナを利用していたようだ。
そのマナが、猿の魔物へ引き寄せられていく。
「ただ倒すだけだと、何の経験にもならないの。少しは私に、実戦経験をくれないかしら」
“ほざけ小娘! ここで死ぬ貴様に、そんなものは必要ない!”
かくして、猿の魔物はその大きさがさらに増し。
私に襲いかかってきた!
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