零から最強に成り上がった男、才能あふれる令嬢に転生する

暁刀魚

1 零から新たな人生へ

 ふと、意識が浮上する。

 おかしい、という考えが最初に浮かんだ。

 なぜか。


 私はすでに死んでいるからだ。


 八十と少しの長い人生を終えて、床についたまま死を迎えた。

 はずだ。

 死ぬ直前の記憶は曖昧なので、それが正しいのかは定かではないが。

 たしか、晩年は弟子に囲まれて修行をしながら、穏やかな生活を送っていたはずだ。

 というか、生前の記憶が曖昧である。

 一度死んでしまったからか?


 ――――あの、申し訳ありません。


 悩んでいると、女性の声が聞こえた。

 女というのは軽やかで、少女というにはおしとやか。

 そんな、年の理解らない女性の声だ。


 何のようだろろうか。

 言葉は話せそうにないので、意識だけでそう返す。

 すると女性は。


 ――――ああ、よかった。本当に魂が残っていたんですね。


 良く理解らない事を言った。

 魂、というのはなんとなく解る。

 人の身には、魂が宿る。

 正確には精神を構成するマナの塊だ。

 それを、人間が信仰の上で名付けたのが魂、だったはず。


 ――――それで、あっています。今のあなたは肉体が死亡し、魂だけの状態で眠りについていたのです。


 それはおかしい。

 人は肉体が死ねば中に入った魂が霧散するはずだ。


 ――――もちろん、その認識は当たっています。ですが、あなたの場合は魂を構成するマナの量が多すぎたのです。結果、今でもまだ自我が残っているくらいに魂が原型をとどめているんです。


 なるほど、そういうことか。

 記憶が欠落しているのも、魂の一部が霧散してしまったからなのだな。

 そしてこの女性の言う通り、私のマナ総量は多い。

 といっても、それは八十年という年月で肉体を鍛え、精神を鍛え続けた結果だ。

 元のマナ総量を思えば、よくもまぁここまで育てたものだと我ながら思うのだが。


 ――――はい。本来、あなたは生まれつきマナの総量が少なく、魔術も十分に扱えない存在でした。


 そう、才能のない……言ってしまえば無能の塵芥。

 幼き日の私は、そういう存在だったな。

 そこから努力を続け、やがては今のマナ総量にまで自身を育て上げたわけだ。


 ――――結果として、千年ものあいだあなたは魂を霧散させることなく、眠りについたのです。


 千年。

 それはとんでもない話だ。

 千年ということは、私の育てた弟子たちも、とっくに死に絶えている頃だろう。

 なんとも時間の流れというのは無情なものだ。

 それで、世界はどうなっている?

 王国は? あの有望な青年は、世界に千年王国を築いたのか?


 ――――残念ながら、違います。現在、世界は危機を迎えているのです。魔神と呼ばれる凶悪な存在が生まれて、人類を追い詰めているのです。


 それはなんとも、残念なことだ。

 しかし、人類が追い詰められているとは。

 ……なるほど、読めてきたぞ。

 それで、魂だけになった私を呼び覚ましたのだな?


 ――――はい。……申し遅れました。私は女神セフィラナ。あなたもよく知る、この世界を作り人類を作った……その、女神セフィラナです。


 なんと。

 あの女神セフィラナ?

 なんというか、強くなってみるものだ。

 強くなった結果、こうして女神様から声をかけられる栄誉を賜ったのだから。

 それで、女神セフィラナは私に何をお望みか?


 ――――あなたに、肉体を与えます。その肉体にあなたという魂を収めることで、あなたは再び現世に蘇るのです。そして……世界を、救って欲しい。


 それは、女神が直接やってはだめなのか?


 ――――私は、世界に直接干渉することができないのです。できることはせいぜい、こうしてマナを通して魂に呼びかけ。魂が入る器を作ることだけ。


 残念だな。

 とはいえ、正直あまり気乗りはしない。

 現在の人類に訪れた危機は、現在の人類の力で解決するべきだろう。

 それに、私はすでに人としての生を全うしてしまった。

 今更新しい人生を手に入れたところで、したいことなど……。


 ――――貴方は、生前こういっていたそうですね。もしも”より優れた才能”を持って生まれることができれば。自分はより高みに至れたのではないか、と。


 ……ふむ?

 それは、つまり。

 そういうことなのか? 女神殿。


 ――――はい。これから貴方の転生する肉体は、才能に溢れ、望んだことを望んだままに達成できる可能性を有した肉体です。そこに生前限界までマナを鍛え上げられた貴方の魂を収めれば。


 いわばその人間は、才能の塊ということか。

 なるほど。

 それは、面白い。

 

 しかしアレだな。

 世界を救うということは、それ相応の責務を背負うということだろう?

 ハッキリ言って、私はそういう責任が嫌いだ。

 生前、ただ自分の肉体を鍛えることができればそれでよかったのに。

 気がつけば弟子が集まり、門派ができ。

 ときには政治すら私を縛り付けてきた。

 そういった重責は、ハッキリ言ってゴメンだ。


 ――――世界を救って欲しい、とは申しましたが。仮に貴方がそれを放棄して、私欲を優先したとしても私はかまいません。ただでさえ、人の命の在り方を歪めているというのに。これ以上何を望めというのでしょう。


 であれば、私は私のまま生きるとしよう。

 その結果、世界が滅ぶも救われるも私の預かり知るところではない。

 ただ、最強は目指す。

 誰よりも強く、誰にも負けぬ強さを目指す。

 その過程で、世界を蝕む魔神と戦うこともあるだろう。

 強者との戦いこそ、人を成長させる最も有効な手段だからな。


 ――――ありがとう、ございます。


 わかった。

 …………ところで、なのだが。

 そもそもどうして、魔神なる存在が人類を脅かし始めたのだ?


 ――――それは、ごめんなさい。


 ごめんなさい?


 ――――わからないのです、少し目を離していたらいつの間にかそうなっていて。


 ……大丈夫か、この女神。


 ――――ごめんなさい。

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