31番の回顧

 幼い頃に、地獄のような場所に拾われて。

 そこで、31番と呼ばれるようになった少女は数多の苦痛を与えられた。

 それ以外に、与えられるものはなかった。

 才能のない31番にとって、そこは地獄だ。

 常に罵倒され、したくもないことを強制される。


 不意の機会に逃げ出したのも、無理はないことだった。

 追手はなかった、それだけ31番は期待されていなかったということだろう。

 だが、だからといって傷だらけの幼い少女に、生きる術などなかった。

 唯一の希望は、逃げ出した後にふと耳にした噂。

 加護の使えない人間を集めて教育するクルセディスタ家の噂だ。


 加護の使えない人間。

 31番はまだ加護の洗礼を受けていない。

 加護の洗礼は8歳から12歳の間に受けるもので。

 31番には猶予が会ったからだ。

 もう少しだけ技を仕込んで、それでもダメなら加護の洗礼を試してみようという話だったらしい。

 どうせ、大した加護ももらえないだろうから、と。

 ただ、それに関しては31番もハッキリ言って同感だ。

 才能のない人間。

 そんな人間が集まる場所を目指そうと思ったのは、必然だっただろう。


 ただ、残念なことにあと一歩のところで力尽きてしまったが。

 屋敷の前で、ついには倒れてしまった31番。

 きっと、誰にも気付かれず翌日には死体になって発見されるだろうと思った。

 しかし、救いの神は31番を見放さなかった。


「貴方、大丈夫?」


 一人の幼い少女が、気がつけば門の前にいた。

 一体どうして倒れた31番に気がついたのか。

 どうして迷うことなくここまで来たのか。

 色々と、疑問に思うべきことはあったけれど。


「とても傷ついている。今助けるわ」

「……あ、え」


 その言葉に、朦朧とした意識の31番はすべてが消し飛んでしまった。

 助ける、助けてくれる?

 自分なんかを?

 少女はためらうことなく門を開け、やさしく31番を抱き上げた。


「貴方、名前は?」


 その問いに、31番は考える日まもなく自分の番号を口にしてしまう。


「さん……い……」


 幸いにも、すべてを口にすることはできなかったが。

 間違いなく怪しまれてしまうだろう。

 けれど、少女はそんな31番に微笑みかけてくれたのだ。


「じゃあ、貴方の名前はミイね」


 ミイ。

 初めて与えられた、自分の名前。

 きっと、その時。

 かつて31番だった少女の人生は、始まったのだろう。



 ◯



 それから、ミイはメイドとしてアリアに雇われた。

 いきなり増えた子どもを、アリアの両親、ご当主様と奥方様も喜んで受け入れてくれた。

 他の侍従たちも、ミイに優しく色々なことを教えてくれる。

 魔神の跋扈する時代に、これほど優しい場所が他にあるだろうか。

 ともすれば、ミイが拾われる一年前にそれが崩壊していたというのだから、恐ろしい。


 とはいえ、ミイの生活はあれから一変した。

 楽しいことも、大変なこともあるけれど。

 生きていると思えるようになったのだ。

 アリアお嬢様が、命を与えてくれたから。


 ただ、端から見ていてやはりアリアは変わっている。

 幼くして読書に耽り、空いた時間は常に修練場へ過ごし。

 破天荒な行動が多いのに、どうしてか惹きつけられる性分をしている。

 例の貴族を追い払ってからは、指導の腕を認められ兵士たちに色々と教え込んでいるのもあって。

 アリアは、間違いなくクルセディスタの象徴とも言える存在だろう。

 ただ、やはり兵士たちと距離が近いのは気になるが。


 そうして今、ダスタウラスの一件でアリアの憂いが現実になろうとしている。

 もしもダスタウラスが何度も出現するようであれば、クルセディスタが危ない。

 見た感じ、ダスタウラスは単純な暴れ牛の魔物のようである。

 そういうことならば、鍛えたミイの暗殺術は有効に通用するはずだ。

 毒に耐性がなければ。

 まぁ、仮にあっても逃げればいい。

 何にせよ、ようやくクルセディスタに拾われた恩を返せる。

 そう、思っていたのだが――


「……お嬢様は、いつから気付いていたのですか?」

「最初から。貴方が自分の番号を口にしようとして、闇宵だと当たりはつけてたから」

「いえ、そっちではなく……私の視線です」

「ええ……」


 いや、今は明らかそれはどうでもいいだろう、という視線がアリアから向けられる。

 ご尤もだが、バレていたのなら闇宵の件はいいのだ。

 もしもアリアが闇宵で飼われていたような存在を必要としないのならば、彼女の前から姿を消すだけなのだから。


「……人の視線には敏感なの。以後気をつけることね」

「大変申し訳ありません」

「それと、いつから……というのはこちらのセリフ。最初に接敵した時から気付いていたの?」


 アリアの言葉に、力なく頷く。

 光で顔が少し見えた時、きっとアリアお嬢様だろうと確信した。

 ほとんど直感だったが、それは間違いなかったのだ。


「じゃあどうして、私の煙に巻くような発言を真に受けたの? わざわざ襲いかかってくる必要はなかったでしょう」

「お嬢様が、それを望んでいると思ったので」

「まぁ、実際そのとおりだけど……まさか、私がこうやって戦える事も知っていた?」

「アレだけ的確にアドバイスできるなら、戦えると思うじゃないですか。それに、いつもマナを鍛えてらっしゃいましたし」


 なるほど、とアリアは頷く。


「闇宵でマナを極限まで鍛えさせられていたから、その経験で解ったのね」

「はい……ご当主様や、他の皆さんは気付いていないと思います」


 マナは、極端に鍛え上げようとすると、自然と鍛えたマナとそうでないマナがわかるようになる。

 それだけ意識をして、体内のマナに触れるからだ。


「そういうことなら……ミイ」

「はい、何でしょうお嬢様」


 アリアは、何かを口にしようとミイを見る。

 そして、直後。



「――危ない!」



 いきなり、ミイを突き飛ばした。


「えっ?」


 その直後。



 ミイのいた場所に、牛型の魔物――ダスタウラスが出現、ミイの代わりにアリアを跳ね飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る