第52話 結末
「……事情は概ね理解しました」
「そうか。理解してくれて助かる……まぁ、妾が言うのもなんだがスズは結構いい女故……あまり結婚に反対しないでやってもらえると助かるのだが……スズ、挨拶はしっかりとしなさいな」
「は、はい……白沢鈴奈です。白蛇神社で祀られていたので、蓮太郎さんと共に毎年初詣に来ているのは見ていました」
「え? 見ていたって……本当に白蛇神社の神様なの?」
「はい」
特殊な事情を持った存在であることは理解していたけど、まさか本当に近くの神社で祀られている神様だとは思っていなかったようだ。スズの顔をまじまじと見つめていたお母さんは、その後に僕の顔を見た。
「蓮太郎、本当にあの神社の?」
「そうだよ。子供の時も、半年前に会った時もあの神社であってる……それに、今のスズは人間の姿をしているだけで、蛇にもなれるよ」
「蛇っ!? 私、蛇は苦手なの!」
由衣がギャーギャー騒いでいるが、お母さんもお父さんも無視している。俺もクレナイさんも無視して、スズだけが少し落ち込んでいるのだが……由衣の言うことなんて一々気にする必要も無いんだけどね。
「ふぅ……肝心な所を聞いてないわね」
「肝心な所?」
「結婚、しても普通じゃないんでしょ?」
「っ」
バレているか……そこに触れないように喋っていたから、注意深く聞いていればだれでも理解できるよな。
「うむ。人間と神が結婚するには、人間側の魂の位階を引き上げる必要があるのだが、これが中々に難しく……もっとも簡単なのは、人間を神の世界に招待して住まわせること」
クレナイさんの説明に、お母さんはすっと目を細めた。
「……蓮太郎はどうなるの?」
「この世界から消える。母親である貴方の記憶からも」
ガタっと音を立ててお母さんが立ち上がった。その目に浮かんでいるのは怒りの感情であり、それを見たスズは悲しそうに目を伏せた。
「お帰りください」
「お母さん、僕は認めてもらえるまで絶対にここを離れないよ」
「蓮太郎、貴方はここにいなさい。その神様を名乗っている傲慢な2人を追い出すだけでいいのよ……そして、二度と私の息子に絡まないで」
「そうだね。僕も、息子がこの世界から消えるなんて言われて冷静ではいられないよ」
「お兄ちゃんが、消える? つまらない冗談やめてよ……私からお兄ちゃんを奪うなんて許される訳ないじゃん、家族なんだよ!? 白蛇神社の神様なら貴女もお姉ちゃんがいるんじゃないの!? そのお姉ちゃんがいきなりこの世から消えるなんて言われて貴女は納得できるの!?」
「っ!?」
由衣の言葉に僕も反論しようとしたが……言葉が出てこなかった。スズも泣きそうな顔で目を伏せ、ただ僕の手をぎゅっと握りしめていることしかできない。お母さんは冷めた顔で、由衣は涙目で、お父さんは真剣な顔で怒っている。
そんな雰囲気の中で、クレナイさんだけはゆったりとした様子だった。
「……魂の位階を引き上げる方法で最も簡単なのが神の世界へと誘うことなだけで、別にそれ以外の方法が無いとは言っていないだろうに」
「え……お母様? そんなことが、可能なのですか!?」
「可能かとどうかと言われれば可能だ。まぁ、面倒くさい方法が多いが……婿殿が世界に記録を残した状態のまま魂の位階を引き上げるには、存在を確立すればいい」
なんか、急に難しいこと言い出したぞ。
「簡単に言えば、柳蓮太郎という人間がこの世にいたということを消せないほどに世界に刻み付ければいいということだ……難しいが、できない訳ではない」
「ではどうやって?」
「世界に名が刻まれるほどの偉業を成すか、直接自らの手で世界という概念に刻む」
うーん……僕は幽霊が見えるだけで超能力の類は一切使えないから、何を言われてもなんとなく理解できない。
「その世界に刻むとやらの方法は?」
お母さんがどんどんとクレナイさんを問い詰めていくが……ここでクレナイさんの口に笑みが浮かび上がった。僕はその表情を知っている。あれは、クレナイさんがろくでもないことを言う時の顔だ。
「神の力を一時的に貰い受けて、その力で刻み付ける。そして力を貰い受ける為には……性行為が必要!」
「んっ!? げほっ!?」
「はぁっ!?」
今度はその場にいたクレナイさん以外の全員の顔が赤く染まった。
「婚前交渉など本当は駄目なのだが、神と人間が交わる為ならそれぐらいは許される範囲内だな。そもそも、人間以上に性に対して奔放な連中が多いのに、やたらとそこら辺を気にするのは意味がわからんな」
いや、神がそこを言っちゃうのね……貴女はそっち側だと思うんですけど。
「さて、ここまで情報が出揃った訳だが……母親としてどう判断するか聞かせてくれ」
「認めるわ」
「……ん?」
「だから、認めるわ」
「お母さん!? なんで認めちゃうの!? お兄ちゃんが人間じゃないのと結婚するんだよ!?」
「いいじゃない、愛し合っているんだから」
見なさいよ、なんて言いながらお母さんが僕とスズを指差したが……無意識のうちにスズの手を握って腕を絡ませていたことに気が付き、僕とスズは急いで離れた。
顔が熱い……自分の顔が赤くなっているのがわかってしまうぐらいに、恥ずかしい思いをした気がする。
「世界から消えるなんてアホみたいなことを言ったから反対していただけで、それが解決できるなら私は結婚に反対する理由はないと思うわ」
「うーん……僕としてはその解決方法が性交渉ってのがどうかと思うけど、父親としては息子の幸せを後押ししてあげたいかな」
「お、お父さんまで……なんで?」
由衣……彼女は僕のことを本気で心配してくれているのだと思う。
「由衣、僕にはスズしかいないんだ」
「そんなことない! お兄ちゃんは性格も良くて、頭も良くて、顔もかっこよくて……絶対に凄い良い人に出会えるってずっと思ってたのに!」
えーっと……性格も顔もあんまりよくないと自分では思ってるよ?
「その、由衣が僕のことを──」
「由衣さん。私は蓮太郎さんに救われました。孤独でずっと過ごしていた私に、蓮太郎さんは救いを与えてくれたんです……だから、私が絶対に幸せにします。蓮太郎さんの運命の相手は私なんだって、由衣さんにもわかってもらえるように努力します。だから……貴女のお兄様を、私にください」
「え、それって僕たちが言われることじゃないの、母さん」
「お父さん、黙っていなさい」
スズの言葉を聞いて、由衣は涙を流しながら何度も瞬きを繰り返し……僕の顔を見てからスズの手を取った。
「おにいちゃんをしあわせにしてあげてください」
「約束します。神様にとっての約束は、とっても重いものなんですよ?」
泣きじゃくる由衣に対して、スズは優しく声をかけながら……抱きしめた。
はぁ……実家に挨拶ってこんなに大変なんだなって、思ってしまったよ。
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