第50話 特別な日は君と
「メリークリスマス!」
「メリー、クリスマス?」
うん……やっぱり年に一度のクリスマスぐらいはテンションを上げて楽しまないと駄目だよな。
最初はイルミネーションを見ながら街中でデートして、色々な所を巡りながら存分にクリスマスを楽しむつもりだったんだけど……スズが寒さに弱すぎるから、家の中でちょっとしたパーティーを開くことにした。パーティーと言っても、人数は2人だけで、滅茶苦茶凝った飾り付けや料理をする訳でもないけど、雰囲気だけでも人間の祭りをスズに体感して欲しかったのだ。
「街中はとても盛り上がっているらしいですね。カップルが楽しそうにインタビューに答えているニュースが、先ほどテレビに流れていました」
「まぁ、クリスマスって言ったら恋人とデートするのが当然、みたいなところがあるからね」
「そ、そうなんですか!? なら、私たちも出かけましょう!」
「いやぁ……無理だって。だって今日、雪が降る予報だよ?」
「……」
世間的にはホワイトクリスマスだって話題になっているけど、雪が降るぐらいに寒い中をスズが生きていけますか、って話になるし。
「僕は別に部屋の中でゆっくりできればそれでいいよ……寒いのは苦手だし」
「で、ですが……気を遣われているようで、少しだけ申し訳ないです」
「何言ってるの……迷惑をかけあっても許されるのが夫婦だよ? 相手のいい所だけを見て楽しむ恋人とは違うんだから、僕たちはこれでいいんだよ」
そもそも今までの人生で意中の女性とクリスマスを共に過ごすなんてことをしてこなかった僕からすると、こうして2人で寄り添ってクリスマスの時間を楽しめているだけで充分すぎるほどなんだ。勿論、綺麗なイルミネーションを見ながら手を繋いで、2人でクリスマスデートを楽しむことに憧れない訳ではないけど……僕の運命の相手はスズなのだから、そこはスズに合わせようと思っている。
恋人と違って夫婦なのだから、互いの苦手な部分もしっかりと補い合って生きていきたい。そして、相方が無理なことはしっかりと無理だって認識しておくのが大切だと思う。
「ありがとうございます、蓮太郎さん」
「うん……デートはできないけど、家でじっくりと楽しもうね」
「勿論です。昨日買ってきた食材たちを、私がしっかりと調理して差し上げます!」
僕も料理をする方の人間だったけど、スズの家庭料理の味には負けてしまう。だってスズの作る料理が美味しすぎるんだもん。本人は花嫁修業で身につけたって言ってるけど、僕的にはもう天性の才能なんじゃないかなって思うぐらいには料理が上手い。
偏見だけど、日本の神様だから和食しか作ってくれないじゃないかって最初は思ってたんだけど……これが意外に洋食も作ってくれる。なんなら、家にいて暇なときは料理の本を読みこんでいて……今も成長を続けているらしい。ここまでくるともう執念まで感じるんだけど、そこまで勉強して料理する理由が僕に美味しいものを食べて欲しいからって……僕の奥さん、可愛すぎるんだが?
「スズ、いつもありがとう」
「……はい、その感謝の気持ち、しっかりと受け取らせていただきます」
やっぱり神様なだけあって、人間のこういう感情の変化には敏感だ。普段だったらいいんですよ、なんて言って感謝の言葉を真正面から受けてくれなかったりするんだけど、今の僕は割と真面目に感謝をしていた。それを察して、スズは真正面から受け取ってくれたわけだ。うーん……やっぱり僕の奥さん、完璧超人では? いや、人じゃないけど。
スズが作ってくれた美味しい料理を平らげてしまった。本当に美味しかったから滅茶苦茶腹に入っていたんだけど……これだけ食べると太らないかちょっと心配だな。
「ケーキ、食べる?」
「はい……食べたいです」
ケーキは流石に作っている時間がなかったので買ってきたものだが、2人でこれが食べたいあれが食べたいと意見を出し合って買ってきたものなので、2人で食べようと思っていたのだ。
買ってきた紙の箱を開けると、中から出てきたのは4種類のケーキ。チョコケーキ、チーズケーキ、普通のショートケーキがふたつ。計4個のケーキを覗き込んで、僕はノータイムでチョコケーキを選択して、スズはそれを見てからチーズケーキを選択した。
「皿とフォークは……」
「はい、用意してありますよ」
「……仕事が早いね」
それぐらい僕に任せてくれていいのにと思うのだが、スズはとにかく僕に家事をさせることを嫌うので仕方がないと言えば仕方がない。
「いただきます」
楽しみにしていたチョコケーキを口に入れると……まろやかなチョコと甘いクリームの味が口の中に広がって幸せを感じる。ちらっとスズの方に視線を向けると、チーズケーキを食べながら興味深そうに観察していた。もしかして、味を分析して自分で作ろうとしているとか言わないよね。
「美味しいですね」
「うん。やっぱりクリスマスに食べるケーキは特別、美味しく感じるなぁ」
人間の脳ってのは単純なので、食べるシチュエーションなどで感じる味が全然違う。極端なことを言うと、便所飯よりも恋人とイチャイチャしながら食べた方が美味い、みたいな感じだ。
クリスマスという特別な日に食べることで、俺の脳はいつも以上にこのケーキのことを美味しいと錯覚させているのだ。夢の無いことを言っている気がするが、それが幸福に繋がっているのだからあながち馬鹿にできない。
ふと、くだらないことを考えていたらとんでもないことを思いついてしまった。
「スズもチョコケーキ食べる?」
「いいんですか? では一口だけ──」
「はい、あーん」
「──え?」
恋人と食べる飯が美味いなら、こうやって食べさせあったりすると更に美味いのではないだろうか。とんでもなく頭が悪いことをしている気もするが、これは割と画期的な手法なんじゃないだろうか。
「だから、あーんだってば」
「その……何故、私に食べさせようと?」
「いや、その方が幸せかなって」
「た、確かに……蓮太郎さんに食べさせてもらえるなんて考えると気持ちがふわふわしてしまうほどに幸せですけど」
本当に、最近の僕はバカップルみたいだなって自覚している。それでも……僕はスズを前にすると止められないんだ! 自分の中に存在する衝動を……抑えきれない欲望を!
「はい、あーん」
「あ、あーん」
僕が持っているフォークにスズがおずおずと口を近づけ……パクリと口にした。
「美味しい、です」
「そっか、よかった」
俺も……何故かケーキを食べていないのに滅茶苦茶幸福になったよ。
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