第49話 イブ

「はぁ……こりゃあ寒いなんてもんじゃないな」


 クリスマスイブの夕方にこうして外に出かけていると、本当に冬って感じがする。既に冬至は過ぎているが、日本の気候的に本格的に寒くなってくるのはこれからだったりする。


「さて、何を買おうか。やっぱりクリスマスだしなにか特別なものを家で食べたいよね……って、駄目だな、これは」


 買い出しに来ている訳だけど、スズは既にこの寒さに耐えきれずに喋る元気すらない。完全防備って感じの防寒具を身に纏いながら僕の腕にしがみついている訳だけど、さっきから喋りかけても全く返事がない。

 気温的に言うと10度を超えているとまだギリギリ動けるみたいだけど、外気温が一桁になるとこうして動けなくなってしまうのだ。


「だから家の中で待ってたらって言ったのに」


 こうなることは目に見えていたのだから、僕は最初から家で待っていればいいって言ったんだけど……これだけ着込めば私も外で活動できるはずです、なんて言って自信満々についてきて、結果がこれだ。彼女はどうやら、人間が作った防寒具を過大評価していたらしい。


「今からでも帰る?」

「……嫌です」

「喋った」


 細い声で断られてしまった。

 この時に狙えば陰陽庁さんたちはスズと戦えるんじゃないだろうか、なんて物騒なことを考えながら僕は近所のスーパーマーケットに入る。中は暖房が効いているので、入った瞬間に温かいなと感じることができるのだが……スズのような変温動物は温まるまでに時間がかかる。

 本当なら速攻で買い物でもして帰るつもりだったんだけど、流石にこの姿を見ていると可哀想になってきたので、スーパー内にある椅子に座らせる。


「えーっと……スズって珈琲飲むのかな?」


 自動販売機の前で温かい飲み物を買おうと思い、自分の珈琲を買ってからふと思ってしまった。普段から紅茶を飲んでいる印象があるから、カフェオレにしておこう。

 数分で戻ってきたら、ちょっとずつ動けるようになってきたのか、僕の気配を感じて顔を上げた。


「はい、温かいよ」

「ありがとう、ございます……情けないです」

「あはは……まぁ、そういうこともあるよ」


 こんなんで新年、本当に大丈夫なのかなと思わないことも無いんだけどね。

 と言うか、毎年こんな感じだとしたら、初詣に人間が訪れた時にスズってどうしてたんだろうか。まさか神社が暖房によって温められていることはないだろうし……もしかして基本的に冬眠していて人の祈りなんて見てないってやつかな。気になるから本人に聞いてみよう。


「スズって初詣の時期はいつも寝てたの?」

「……質問の意図は理解しました。普段からこんな風に冬は冬眠していた訳ではないので、しっかりと初詣の参拝客は眺めていましたよ」

「え、じゃあ神社の中は寒くないの?」

「そもそも、神社にいた時は寒さを感じる肉体が無かったので」


 あ、そっか……寒さを感じるには肉体が必要だから、神社にいた時は殆ど関係なかったんだな。あれ? そう考えると……もしかして弱体化してる?


「うぅ……ちょっとずつ身体が復活してきました」

「おぉ、なんかラスボスみたいなこと言ってる」


 僕にぴったりとくっつきながらカフェオレをちびちびと飲んでいるスズを見ると、守ってやらなければならないみたいな使命感が湧いてくるけど、いざとなったらスズの方が頼りになるんだから情けないなぁ……ま、僕は幽霊が見えるだけの一般人だから仕方ないんだけどさ。

 しばらくそのままスズの身体が温まるまで待っていたのだが、近所に住んでいる主婦の方々から微笑ましいものを見たわ、みたいな目を向けられてちょっと肩身が狭い。いや、あの人たちは僕たちのことを怪しい人間だと思って見つめている訳ではなく、単純に「若いっていいわね」みたいなことを言いながらニヤニヤしているだけなんだけど……それが滅茶苦茶恥ずかしい。


「スズ、動ける?」

「もう少しー」


 駄目だこれは。

 それからしばらく、僕は主婦の方々に見世物のようにじろじろと見られているしかできなかった。



 家に帰ってくると暖房がついているのですぐに上着を脱いで……スーパーからの帰りで動きが鈍くなっているスズの手を引いてやる。過剰な上着を脱がしてから、ホットカーペットとこたつ布団の間にスズを放り込み、それから買ってきた食材を冷蔵庫と冷凍庫に突っ込んでいく。

 数分もすると、復活したスズがのそのそと起き上がって僕の方へと近寄ってきて、家事は自分の仕事だと言わんばかりに僕から仕事を奪っていくので、それにちょっとした罪悪感を覚えながら座り、学校で出された課題を片付ける。


「……中学の時は課題が多くて辛かったなぁ」

「高校は違うんですか?」

「まぁ……白天高校は偏差値が高い学校だから、課題が少ないんだよね」


 偏見かもしれないけど、偏差値に反比例して課題の量が変わると思う。いや、別に頭の悪い高校は無駄に課題を沢山出して苦労させているとか言いたい訳じゃないけど……偏差値がある程度以上に高い高校は、生徒たちの自主性をある程度信頼していると言うか……校則も似たようなものだけど、頭がいいから悪いことしないだろうみたいな軽さを感じる。実際には頭の悪い奴だろうといい奴だろうと、やっちゃいけないことをやる奴はいると思う。


「課題ですか……最近は教室内の空気が澱んでいますよね」

「寒くて換気したがらないからね」

「いえ、大学受験がと言ってなにやら勉強に打ち込んでいる人たちが多いので」


 あぁ……そこは人間の競争社会だから仕方ないんじゃないかな。

 僕みたいに大学に行く気のないような人間は気軽な気持ちで過ごしているだろうけど、普通の高校生は将来のことを考えて大学は慎重に選び、その志望校に合格する為に必死になって勉強するんじゃないかな。


「あれでもまだ世間一般的には殺伐としていない方だと思うよ」

「そうなんですか?」

「まぁ……なんだかんだ言って、白天高校はそれなりに頭いい人が多いから」


 頭がいいなりに、国公立大学とかを目指して必死になっている人はいるだろうけど、全体的にはやはり勉強そのものへのストレスを持っていない人が多いので、みんなで勉強している最中に殺伐とした雰囲気が流れ過ぎないようになっている。でも、受験のことを考えずにのほほんと勉強している僕が、期末テストの学年順位もよかったんだから……メンタルって大事だなって思った。

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