第45話 定番

「蓮太郎さんは私の味方でいてくれるって言ってくれたんですよ!」

「あら、羨ましい……あの人はそんなこと妾に言ってくれなかったのに」

「お母様は守られることを是とするような人ではないでしょう」

「それもそうね」

「ですが、蓮太郎さんは私に対して何処までも優しくて……とっても素晴らしい人なんです!」


 ねぇ、さっきまでちょっとチクチクと言い合っていた時の感じは何処に消えてしまったのって思うぐらいに、いきなり親子の会話が成り立っているんだけど。

 そもそも、スズは僕の話になった瞬間に饒舌になり過ぎだと思うよ。なんでそこまで僕って存在を他人に対して語りたがるのかわからないけど、明らかにお義母さんはニヤニヤとしながら娘の惚気を聞いていると思うんだけど、スズはそれでいいのだろうか。


「なるほどねぇ……婿殿は思ったよりも漢気に溢れていると」

「それはない」

「はい、蓮太郎さんはとても素晴らしい人です」

「あの、スズさん? 僕のことを素晴らしいって言うbotみたいになってないかな?」


 褒められるのは別に嫌いじゃないけど、そこまで言われると流石にちょっと恥ずかしいし、話を聞いていたらとんでもない完璧超人と婚約しているんだなぐらいに思ってしまうんだけど……もしかしてスズって僕と違う誰かを勘違いしてない?


「ふふ……昔のことを思い出すわ。妾も恋愛結婚だったわ」

「お母様が? 確かに、お父様とくっついている所は昔からよく見ましたけど……あのお父様と恋愛結婚? どうやってお母様みたいな性悪女があんな聖人みたいなお父様と出会ったんですか? お見合い以外ないと思ってたんですけど」

「言うようになったわね。母親に対して性悪女とは」

「事実では?」


 ねぇ、やっぱり仲悪い?


「妾がたまたまあの鋼の龍神と喧嘩になって大怪我したところを介抱して貰ったのよ。とっても優しく妾の傷ついた身体を抱き上げてくれたあの人の熱は……今でも覚えているわ」

「鋼の龍神って……そんな存在に喧嘩を売ったお母様の自業自得では?」

「怪我についてはそうかもしれないけど、あの龍は妾にとって恋のキューピッド! 忌々しい鋼が妾の元に運命を連れてきたのよ!」


 うわ、なんか急にテンション高くなったな。

 愛しの男について語り始めると急にテンションが高くなってしまうのは親子の血筋なんだろうか。

 それにしても、鋼の龍神ってまさか……僕が何度か目撃しているあの神様のことなんだろうか。僕とかの神に縁があるのは、僕がスズと関係を持っているかなのかもしれないな。


 その後も親子の会話は止まらず、いきなり口喧嘩みたいな応酬が始まったと思ったら急に仲良く喋りだしたりと忙しい会話だったが……しばらくすると満足したのか、クレナイさんが酒を口にして優しい微笑みを僕に向けてきた。


「もうわかっていると思うけど、この娘は結構馬鹿な所があるから、これからも迷惑ばかりかけることになると思うわ」

「い、いえ……俺だって別に完璧な存在なんかじゃないので、それこそスズに迷惑をかけることになると思いますが」

「それでいいのよ。完璧な生命なんてこの世界には存在しないわ。太陽の神も、嵐の神も、鋼の神も、月の神も、それこそこの大地を生み出した創世の神ですら、完璧な存在ではないのだから」


 完璧な生命はいない、か。


「互いに迷惑をかけてもそれを許し、支え合うのが夫婦。だから……これからも妾の愛娘を大事にしてやって欲しい」

「お母様、その……ちょっと恥ずかしいです」

「馬鹿娘は黙ってなさい」

「馬鹿っ!?」


 クレナイさんに人間味を感じない、なんて僕は思っていたが……こうして向き合っているとただの母親だ。娘のことを馬鹿だと言いながら、それでも愛を持って接している。それだけスズのことが大切で心配なんだということが、俺には伝わってきた。

 多分、娘であるスズと同じで不器用な所のある人なんだと思う。こうして面と向かってしまったのだから素直に思っていることを口にすればいいのに、なんとなく憎まれ口が飛び出して、2人でちょっとした言い合いになるのは、そういうところなのかな。


「また、お会いしましょう」


 クレナイさんが微笑みながら手を2回叩くと、僕とスズは京都駅に立っていた。

 スズも驚いた様子で周囲を見ていたが、僕は時計を確認するとそろそろ集合時刻になっていることに気が付いた。


「スズ、そろそろ集まる時間だ」

「そ、そうですね……」


 なんとなく、しっかりとした挨拶で別れられなかったことを後悔しているような顔をしているスズの手を引き、修学旅行の集団に紛れる。

 そんな顔をするぐらいなら最初から素直になっていればいいのにと、僕は再び思ったが……親子だからこそ言い難いこともあるのだろう。それは大人になって行けば口にできるようになるのかな、なんて自分の母親の顔を思い出しながら僕は1人で苦笑いを浮かべてしまった。



 修学旅行で京都に行くと、何故かバスで奈良に移動させられることが多い気がする。京都に旅行しているのだから京都だけで満足すればいいのに、何故かそのまま奈良の東大寺も見物させられるんだよな……意味が分からない。

 バスに揺られて奈良に入ったあたりから、スズの調子が戻ってきた。京都にいる間はなんとなく、母親のことを思い出しているのかちょっと複雑な表情をしていたのに、京都から離れて気配が完全になくなったのかいつも通り僕に甘えるように腕を絡ませてきた。


「……お菓子食べる?」

「あるんですか?」

「うん」


 元々は電車移動とかの間に食べようかと思ってたんだけど、クレナイさんの所にいたせいで殆ど移動らしい移動をせず、間食を食べる時間がなかったから余っている。

 鞄を漁って出てきたお菓子は……口臭をなんとかしてくれることで有名な清涼菓子、眠い時に集中できる用のラムネ、そして高カロリーで腹の足しになるチョコだった。


「何がいい?」

「チョコで」


 お菓子あるよって言いながら、持っているものがすごい実用性を考えたものだけだった事実に1人で落ち込んでいたのだが、スズはそんなこと全く気にせずにチョコを選択していた。


「食べさせてください」

「…………ん? な、なんて言ったのかな?」 

「食べさせて、ください」


 聞き間違いだと思って聞き返したら、今度はもっと強い感じで言われてしまった。

 周囲からイチャついてんじゃねぇよバカップルみたいな視線を向けられてしまっているが、こうなってスズは僕の言うことなんて聞かないので、大人しく従うしかない。

 個包装の包みを取って、スズの口に向かって差し出すと……僕の指ごと食べられてしまった。慌てて指を引き抜こうとしたが、ぬらっとした感触の舌が指の先に触れた瞬間に、なにかいけないことをしている気がして思い切り引き抜いた。


「美味しいです」

「よかった、ですね」


 僕の精神は限界です。

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