第46話 年末年始の予定

 旅行ってのは行く前には結構面倒だなと思うことがあっても、いざ行ってみるととてもたのしいもので、帰ってくると途端に過去の記憶になってしまうものだと思っている。

 修学旅行は行っても楽しめないかもな、なんて思っていたが実際に行ってみるとそこそこ面白い体験をさせてもらった……主に人外の世界について。しかし、こうして家に帰ってくるとどうにも……既に過去の出来事として頭の中で整理されてしまって、なんであんなに楽しかったんだろうって疑問が浮かび上がってくる。人間ってのは不思議な生き物だな。


「どうかしましたか?」

「ん……いや、別になんでもないけど」


 手に中にある狐のキーホルダーをコロコロと転がしながら京都であったことを思い出していると、スズがずいっと近づいてきて、キーホルダーを奪い去っていった。呆然とその様子を眺めていたら……にっこりと素晴らしい笑顔でスズがこちらを向いた。


「何故、狐なんですか?」

「い、いや……かわいいなって」

「蛇の方が可愛いですよね?」

「え? いや、でも蛇のキーホルダーなんて殆ど売ってないし」

「蛇の方が、可愛いですよね?」

「はい、蛇の方が可愛いです」


 なんでキーホルダーを買ってきただけでここまで詰められるのか……この嫉妬深さだけは何とかして欲しいなと思うが、愛されている証拠でもあるのでちょっと複雑な気分だ。


「それにしても……本格的に寒いですね」

「そうだね。スズはもう動けなくなるぐらいじゃない?」

「う……そ、そうですね」


 もう暖房がついていないとスズがまともに動けないぐらいの寒さになってきた。人間である僕は恒温動物なので、ちょっと厚着をするだけで寒さを誤魔化すことができるけど、スズは蛇らしく変温動物なのでどうにも体温調整ができなくて寒さに耐えることもできない。


「冬の間は学校に行かなくていいんじゃない?」

「嫌です。少しでも蓮太郎さんと離れるなんて考えられません。私たちは一心同体……親への挨拶を済ませた仲なんですから」

「親への挨拶を済ませたからって言葉で全てが解決できると思ってないよね?」


 別に親への挨拶を済ませたからって無敵になる訳じゃないからね?


「それに、まだ僕の両親に挨拶してないでしょ」

「……それは、まだ先でいいんじゃないですか?」

「神様なのに逃げた」

「に、逃げてません! その……ちょっと緊張するのでもっと心構えができてからいいですか?」

「今年の年末ぐらい?」

「もっと期間を開けてください!」


 えー……でも、僕は今年の年末をしっかりと実家に帰るつもりなので、スズが僕と離れたくないと思うのならば、結局はその年末に顔を合わせることになると思うんだけどな。


「うー……」

「まぁ、今からちょっとずつ心構えをしようね。そうすればちゃんと挨拶できるでしょ?」

「だ、大丈夫でしょうか……以前はかなり失礼なことをした気がするのですが」

「そんな失礼なことしてないでしょ。ちょっと由衣と喋っただけだし」


 僕の妹である由衣は既にスズと会話をしているので、連れて帰っても特に驚きは……いや、驚くか。あの子はなんとなく……いつまでも兄離れができていない印象があるから、今回の挨拶でちょっとは独り立ちしてくれればいいかなって思うんだけども。


「年末、ですか」

「なにかあるの?」


 もしかして僕の両親に会いたくない以外の理由もあったりするのだろうか。


「いえ……神々の集会、というか新年の挨拶みたいなのがあるんですよ」

「へー……旧暦じゃなくて?」

「神の行事が旧暦だと思ってるのは人間だけですよ。神々だって生きてるんですから、新暦に変わったらこっちだって新暦に合わせますよ」


 普通に考えたらそうなんだろうけどね……でも、今でも神社の行事とか旧暦でやってるじゃん。


「それで、新年の挨拶に出席しないといけないの?」

「別に出席することを強制されている訳ではないんですけど、そろそろ結婚するって考えると報告した方がいいのかなと思いまして」

「なんで?」

「神にとって結婚は儀式的なものなんです。その2人が永遠に愛し合えるように、しっかりとした形式に則ってやるのが神々の決まりなんです」


 つまり、神様側がしっかりと準備を進めてくれるから、もうすぐ結婚しそうになっているカップルがいることをしっかりと周知の事実にしておきたいってことね。なるほどねぇ……神々の文化は全く知らないから新鮮で面白いな。


「じゃあ、年末が実家に帰って年始はそっちに顔を出すってことで」

「いえ、夢を使って精神だけを飛ばすことも可能ですから、蓮太郎さんの実家から意識だけを飛ばして行きましょう」

「お、おぉ……急に超能力出てきてびっくりしちゃった」

「でも、長居はしません」

「神様の相手が苦手だから?」

「長居してると、蓮太郎さんの魂が変質して2度と戻れなくなるからです」

「挨拶だけして帰ろうか」


 なんて物騒な……神様ってやっぱりすごいんだな。


「それはそれとして、やっぱりこっちもスズの父親とも挨拶しておきたいな」

「お父様、ですか……忙しい方ですから、年始の集まりでも会えるかどうかはわかりませんが、お母様に伝えておきますね」

「うん」


 忙しいんだ……ちょっと意外だな。だって神様って、基本的にはまったりしているイメージだったから、なにかしらの仕事で忙しくしているなんて思ってなかったのだ。

 スズがスマホで母親に連絡している姿を見て、僕もスマホを取り出してメッセージアプリを起動して、母に連絡をいれる。


『お母さん、今年の年末はお客さんを連れて行くから余分に用意しておいてください』


 よし、これで送信と。しっかりと事前に伝えておかないと、人数分の食事とか後から用意すると大変だろうし……ってもう返信きた。


『もしかして彼女さん!?』

『うん』

『腕によりをかけてご飯作るわね! 蓮太郎が彼女を連れてくる日が来るなんて正直思ってなかったわ!』


 なんて失礼なことを言うんだ……まるで僕には一生彼女ができないだろうと予測していたみたいな……まぁ、今までの人生を考えたらそう思われても仕方ないかもしれない。

 かなりテンションが高いメッセージが返ってきて笑ってしまったが、お母さんとしてはそこそこ楽しみにしているのかもしれない。スズも馴染めるといいな。


「あの……お母様が、蓮太郎さんのご両親の挨拶をしたいと言っているのですが」

「……え?」

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