第47話 害になる存在

 困ったことになった。

 スズを両親に紹介して挨拶をしようって話だったんだけど、何故かクレナイさんも挨拶をしたいって話になってしまった。まぁ……結婚するんだから両家のお付き合いをとか考えると挨拶した方がいいのかなって思うけど、僕が神の世界へと行ったらこの世界に存在していた痕跡が消えるのだからそんなことをする必要はないのでは、と思わなくもない。


「どうしましょうか」

「問題は、スズの正体についてしっかりと説明した方がいいのかなってことんだよね」


 僕が霊媒体質であることを、両親に対して説明したことはない。説明したことはないのだが……多分だけど、気が付いたのにそのまま無視してくれているのだ。僕が自分から話さないことならば、深く聞かない方がいいだろうって感じに……あの人たちはそれぐらいの気遣いをしてくれるほどに子供のことをよく見ているから。

 僕としては、スズのありのままの姿を知っておいて欲しいから、最初から神様が婚約者なんだって説明したい気持ちはある。ただ……やはり気にしてしまうのは僕が神の世界へと行ってしまってこの世界から消えてしまうことだ。


「もしかしたら……結婚に反対されるかもしれない」

「親心、というものですから……それは仕方ないの無いことだと思います」


 自分の子供が、結婚する為にこの世界から存在を消しますなんて言ったら普通の親ならば反対すると思う。たとえ僕とスズがしっかりと愛し合っているとしても、それは人間としての幸せを捨てる行為に他ならないのだから……親心では止めたいと思うのが普通だろう。

 僕は既に覚悟のうえでスズと交際を続けているが、いきなり息子からそんなことを言われた両親の気持ちを考えると……中々踏ん切りがつかないのだ。


「本当に、結婚したら二度とこの世界には戻ってこれないんだよね?」

「はい……神と人間では住む世界が違いますから。私やお母様が現実の世界に干渉することができるのは、生まれながらの神だからで……後から神の世界へと招かれた人間にそこまでの力はありません」


 そうすると……本当に今生の別れになってしまう訳だ。

 妹に反対されることは目に見えているのだが、両親にまで反対されたら僕は結構なショックを受けることになる。結婚してしまえば誰にもバレないのだから駆け落ちみたいな形で結婚すればいいじゃないかとも思うのだが、僕は家族に祝福されない結婚なんてしたくない。なにより、そんな無理やりな形で結婚するとスズが絶対に罪悪感を抱えて生きていくことになってしまうのだ。それだけは、夫として避けたい。


「そこら辺も含めて、一度クレナイさんに相談した方がいいかな」

「……そうですね。あまり頼りたくない相手ではありますが、頼りになるのは間違いないですから」


 なんて2人で話し合っていたら、僕のスマホに着信が入った。この時、既に僕は嫌な予感がしていたのだが、スズはなにも感じていなかったのか、電話ならと言って席を外してしまった。

 恐る恐るとスマホを取るとそこには着信通知が届いており、相手の名前は文字化けして読めなくなっていた。


「……もしもし」

『なんとかする方法があるって言ったら、食いつく?』


 電話の向こうから聞こえてきたクレナイさんの声に、僕は溜息を吐いた。


『ちょっと、義理の母親を相手にいきなり溜息はないんじゃないかしら?』

「あの……何処から聞いてたんですか?」

『ふふ……貴方たちの家にある御神体から』


 ちらっと神棚に飾られている鱗を見たら……電話の向こうから「目が合ったわね」と声が聞こえてきたので、再び溜息を吐いた。


「つまり、あの鱗からこちらのことを観察していると?」

『別に普段から全てを監視している訳じゃないのよ? 貴方たちがいい雰囲気になったらちゃんと目は閉じてるもの』

「耳は塞いでないと」

耳も塞ぐつもりだったわ』

「婚前交渉はしない倫理観があるので」

『固いわねぇ……今時の貞操観念じゃないわよ』


 なんで神様に今時の貞操観念のことを教えられなきゃいけないんだよ。


「それで、なんとかする方法って……僕がこの世界から消えることについて、ですか?」

『そうよ。スズはできないって言うけれど、別に方法が全く無い訳じゃないのよ? たとえば……神の眷属になってしまうとか』


 どうやら、スズはまだまだ神様として未熟なようだ。クレナイさんは本当になんでもできるような感じを漂わせているが……果たして何処までが本当なのか。


『もっと簡単な方法だと、貴方の家族を全員神官にしてしまうとか』

「……僕の家族に手を出さないでください」

『たとえば、よ』


 いや、クレナイさんは娘の為ならば人間の在り方を簡単に歪める神だと僕は認識している。スズはちょっと祟り神としての性質を持っているから自らのことを悪神と認識しているが、クレナイさんはもっと酷い。スズと違ってこの神は人間に寄り添うつもりなんて最初からない。とても理不尽な神らしい神だ。


『どうかしら? 色々と考えたけれど』

「まだもう少し考えさせてください……なにより、スズに相談もせずに決めたくないので」

『あら、そう? なら──』


 ぶつっと通話を終了させる。

 クレナイさんは確かに僕の義母ではあるかもしれないが、同時に警戒するべき人外でもある。グダグダと長く会話していても、碌なことにならないと思っているのでさっさと用件だけ話して切っておくのがいい。


「……終わりましたか?」

「うん」

「誰からだったんですか?」

「…………嘘吐いても、バレるよね?」

「怒ります」


 だよね。


「その……クレナイさん、だった」

「そうですか。ちょっと待っていてくださいね」


 僕の答えを聞いてすぐにスズはスマホを取り出し、耳に当てた。


「お母様、蓮太郎さんに迷惑をかけないでください……だって、ではありません。そもそも貴女は人間に対して害しか及ぼしたことがない存在なんですから、気軽に人間に関わってはいけないとお父様から言われているでしょう!?」


 えぇ……そんなこと言われる存在なんだ。


「はぁ? 私の婿だから大丈夫とか、そういう話ではありません。これからは私の許可なく蓮太郎さんに電話をしないでください……はい? 許可なんてするつもりありませんよ? 電話するなと言ってるんです、いいですね」


 スズもまた、クレナイさんの返事を聞かずに電話を切ったらしい。

 スマホを片手に溜息を吐いたスズは、僕の前にやってきて頭を下げた。


「うちの母がすいません」

「え、いや……うん」


 なんとなく、スズの苦労がわかってしまって何とも言えなかった。

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