第44話 親子
「娘婿に対してちょっかいをかける母親の顔なんて見たくありませんでしたね。なんですか、その男を品評するような目は……やめてくれませんか?」
「むぅ……昔より口が悪くなったな。どう思う、婿殿」
「いや、知らないんでとりあえず離れてもらっていいですか?」
異界に巻き込まれてこれからどしようって思っている時にいきなり抱き着かれても僕としてはどうしようもないと言うか……現在進行形で揉めている原因になっているのは明白なのでさっさと離れて欲しいんだけども、僕から振り払うようなことはしたくないんだよな……だって神様だし。
スズがぐっと近寄ってきたところですーっと自然に離れてくれたが、どうやらスズと僕を揶揄う為だけにやっていたみたいだな。なんて言うか、どこまでも人間らしくない仕草は神らしさを感じてしまう。僕と関わっているせいか知らないが、最近のスズは割と人間らしさを出していたんだけど、僕とスズを眺めてニコニコと笑っているクレナイさんは全く人間味を感じさせない……表情だけを張り付けて感情を理解していない存在って感じだ。
「それで、この異界から出してくれるってことでいいの?」
「勿論、京都まで来ておきながら顔を見せることもしなかったとは言え、大事に育ててきた愛娘の危機なのでな」
「……あの、あんまり真っ当に育ててもらった覚えはないんですけど」
「そうだったか? まぁ、妾から生まれたのは事実であろう?」
険悪、って感じではないんだよな……なんとなくだけどじゃれ合っているに近い感覚だ。クレナイさんも割と純真なスズのことを揶揄って笑っているだけで、スズの方もそこまで本気でクレナイさんのことを嫌っている訳ではないみたい。ただ、苦手にしているのは本当なんだろうなってのは、言動の節々から感じられる。
言動から人間味は感じないのに、娘に対する愛情は本物っぽいから頭がちょっとバグるんだよな……人間の尺度で考えない方がいいのかもしれないけど。
「じゃあさっさと出して」
「その前に、少し挨拶でもしよう」
「は? お母様はもう蓮太郎さんと会って喋ったのでしょう? なら別にこれ以上の時間をかける意味なんて──」
「意味なんてつまらないこと、言わなくていいわ」
パン、とクレナイさんの掌が合わさる音と共に世界がバラバラと書き換わっていく。スズは驚いた様子で周囲の景色を見つめていたが……俺が昨日訪れた旅館の景色に変わると、苦虫を嚙み潰したような表情でクレナイさんの方へと視線を向けた。
「……なんで、よりにもよってここなんですか?」
「え、ここってスズの実家とかじゃないの?」
「違います。ここは……現世と黄泉の狭間にある場所です。と言うか、こんな危険な所に蓮太郎さんを誘い込んだんですか!?」
え、危険な所なの?
「妾の領域なのだから当たり前でしょう?」
「ここ以外にももっと……あるでしょう!?」
「あー、あー、聞こえない。娘婿殿と会うのに半端な場所で言い訳が無いだろうに……想像力の無い娘ねぇ。貴方も苦労しているでしょう?」
「え、いやぁ……」
そこで話を振られても、頷ける訳がないだろう……だって僕はスズを裏切れない立場なのだから。ただ、想像力が無いって言うか……スズが後先考えずに勢いで行動するのはあんまり否定できない事実なので、ちょっと言葉を濁すことしかできなかった。とは言え、否定しなかったってことはつまり、殆ど肯定しているようなものなので……隣でスズがショックを受けた顔をしていた。
そんなスズと僕のやり取りを見て笑っているクレナイさんが、くるりと指を回転させると景色がガラガラと動いて……一瞬で畳の大きな広間へと移動させられていた。そして、クレナイさんは昨日と同じように床に座り込んで妖艶な雰囲気を醸し出し……スズが放つ怒気で甘い香りが消し飛ばされた。
「はしたない恰好、しないでください」
「ふふ……昔はそんなこと言わなかった癖に。姉に会ったら卒倒するんじゃないかしら……男漁りが好きだもの」
姉が、ビッチなのか……意外だな。
「言い方を改めてください。お姉様は若い男を色気で誘ってから丸のみにするのが好きなだけで、別に貞操観念が緩い訳ではありません」
「もっと酷いよ?」
せめてビッチであれよ。なんでそこで更にえぐい方向にぶっ飛んでいったの?
たん、指で机を叩いて音を鳴らすと、何処からともなく豪華な料理がどんどんと広がっていき……宴会の席みたいになった。
「さ、遠慮なく食べていいわよ?」
「お断りします」
「あら? そこら辺の話はしっかりと聞いているのね?」
「お母様、蓮太郎さんに変なものを食べさせないでください」
異界で物を食べてはいけない。これがスズとの約束だから、たとえクレナイさんに差し出されたものでも食べるつもりは全くない。
「冗談よ。ここに用意されているものなら食べても問題ないわ。なにせ、私がしっかりと管理しているのだから」
「……嘘ではなさそうですが、そんなことできたんですか?」
「貴女にはできないことが妾には沢山できるだけのこと。まだまだ子供ね」
「む……私だって既に大人です。これから蓮太郎さんと結婚するんですから」
「2000年早いわね」
文字通りに桁が違うぞ。
クレナイさんとスズの関係は割と複雑そうに見えて、ありがちな高校生の子供とその親って感じだな。思春期の娘をちょっとからかったら、予想以上にキーキー言うものだから、それが逆に面白くなっていると見える。それをやりすぎると大人になって独り立ちした後に滅茶苦茶尾を引くからやめた方がいいと思うんだけど……神様の感覚はわからないのでとにかく黙っておこう。
「それで、聞きたいことはなんだったんですか?」
「いつ結婚するのかって話よ」
遠慮なく口にさせてもらったただの水が滅茶苦茶美味しいな、なんて思っていたらいきなり爆弾発言が出てきて気管に水が入った。咳き込みながら何を言っているんだと思ってクレナイさんに視線を向けると、ニヤニヤとしていた。ちらっとスズの方へと視線を向けると……ちょっと頬を赤らめて視線を彷徨わせている。
「結婚するなら今からでもいいじゃない。何故これほど遅らせているのか理由があるのかと思って……まさか、婿殿の卒業まで待つなんて言わないわよね?」
「そ、それがなにか悪いんですか!?」
「はー……なんでそこだけ奥手なのかしら。さっさと異界に引きずり込んで水でも飲ませれば即座に結婚できるのに」
「これでも私は、相思相愛の結婚を求めているので」
「夢見がちねぇ……こんな純真な子供に育てた覚えはないのだけれど」
「そもそもまともに育てられた記憶がないと、言いましたが?」
ねぇ、本当に険悪じゃないんだよね?
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