第22話 ショッピング

 街中を2人で歩いていると色々な所から視線を向けられるのだが、不思議なくらいに声はかけられない。スズほど美人だと、男が傍にいても声をかけてくるんじゃないかとちょっと戦々恐々としていたんだけども……拍子抜けするぐらいに視線を向けられるだけで、こちらに向かってくるような人がいない。


「……あ」


 なんてことを考えながら歩いていると、群衆の中でスズに視線を向けた瞬間に顔を真っ青にして何処かへと走り去っていく男の人を見かけた。多分……今の人は、霊感があってスズがどれだけやばい存在なのか見ただけで理解してしまった人なのか、あるいは藤原さんと同じように陰陽庁に所属している人なのかもしれない。なんにせよ、普通ではない人間として認識できるような人にも見つかり始めている。とは言え、ご機嫌で鼻歌を鳴らしながら歩いているスズの気分を無駄に害する必要はないと考えて黙っておくことにした。


「大丈夫ですよ。向こうから声をかけてくる勇気があるのなら、私が学校で生活している時点で干渉してきているはずですから」

「そ、そうかな?」


 僕が何を考えているのかまでお見通しだったらしい。普通に考えて視線を向けられているのは僕じゃなくてスズなんだから、そりゃあ僕より敏感に反応できるよね。


「蓮太郎さん、最近の男女の逢瀬はこんな感じなんですか?」

「え? さ、さぁ……僕は今までこんなこと経験したことなかったから」

「……蓮太郎さんは私とのデートが初体験なんですか?」

「うん。友達もいたことなかったからね」

「ふふ、そうなんですか? なら、嬉しいです」


 神様的にはオッケーらしい。

 僕が他の女性とデートしたことないのが、そんなに嬉しいのだろうか。未経験の男性ってだけで世間的には馬鹿にされるって聞いたことがあるんだけど……もしかして僕って、ネットの意見に左右されすぎ?


「あ、服……蓮太郎さんに似合うカッコイイ服を探してあげます!」

「ぼ、僕に似合うよう服は、あんなお洒落で高そうな店にはないと思うんだけど」

「そんなことありません。私の美的感覚に任せてください!」


 1人で勝手に納得しながら僕の腕を引っ張っていくスズを見ていると、3歩後ろを歩く大和撫子からは遠くかけ離れているような気がするのだが……スズが楽しそうなのでオッケーということにしておく。それはそれとして、なんだかすごい高そうな服が並んでいる店に平然と突っ込んでいけるのは、人間的な感性が薄いからなのだろうか。


「ほら、私が見繕って差し上げます!」


 店内に入った瞬間、こちらへと歩いてきた女性店員は僕の顔を見て「金も持ってなさそうな子供が相手かよ」みたいな表情をしていたが、僕の腕を引っ張っているスズの顔面を見た瞬間にとてもいい笑顔になった。多分だけど……スズのあまりにも美しい顔面はお嬢様だと思われてしまうんだろう。


「いらっしゃいませ。お手伝い──」

「いりません」

「あ、はい」


 店員さんが喋りかけてきた瞬間にスズの口から発せられた拒否の言葉には、温度がなかった。その言葉が放たれただけで周囲の気温が数度ほど下がり、明らかに空気が重くなったような感覚があったのだが、流石にプロの店員さん……笑顔を引き攣らせながらも表情を崩さずに退散していった。

 2人の時間を邪魔するなと言わんばかりの冷たい圧力が放たれたのを感じで逃げ出した店員さんが、レジ近くにいた他の店員さんに耳打ちすると、他の店員さんも一定の距離を保ったまま近づいてこなくなった。触らぬ神に祟りなしって感じなんだろうな……いや、この場合は喋りかけた相手が神だったんだけども。


「革のコートとかどうですか?」

「高校生が着るには渋くない? そんなに僕、成熟した大人って感じ出てないと思うんだけど」

「では、こっちですか?」

「あ、確かにちょっとかっこいいかも」


 スズがパパっと幾つかの候補を選んで見せてくれるが、割とセンスがいい。僕にどれが似合うのかをしっかりと選んでいると言うか……普段から僕のことをしっかりと見ているんだなって感想が出てきた。関係ないけど、やっぱりこういうお店の服ってすごい手触りがいい……値段はあえて目に入れない様にしている。


「帽子もありますよ?」

「ちょっと僕が被るにはハードボイルドさが足りない気がするんだけど」

「そうですか? 私は似合うと思いますけど」


 彼女が手に持っているのは、所謂ソフトフェルトハットと呼ばれる帽子。なんか洋画とかでハードボイルドさに溢れているダンディでかっこいいおじさまが被っているようなイメージの帽子なんだけど、そもそも日本人が被るにはちょっと鼻の高さが足りないんじゃないかなって。


「んー……あ、このチェスターコートとかいいんじゃないですか?」


 グレーのチェスターコートを片手に持ちながらパタパタと僕に近づいてきたスズは、僕の身体に合わせて見せ……1人で頷いていた。


「蓮太郎さん、チェスターコート好きじゃないですか」

「うん、好きだね……なんでスズが知ってるのかはわからないけど、確かに僕はチェスターコートをよく着てるかな」


 中学生の時にハードボイルドな男性に憧れて着るようになってから、何故か習慣になってしまって……冬の間はずっとチェスターコートを着ている変人になっていることは認める。


「家のタンスの中に幾つかあったので」

「ブレザーの上から着ると暖かくていいからね……まだ随分と先の季節だと思うけど」


 9月末なので僕もスズもまだ半袖だ。軽く上に羽織るような季節にはなってきたけど、まだチェスターコートを着るほどではないかな……服飾業界は既に売り始めてるけどね。


「んふふ……これを着ている蓮太郎さんが私の隣に立って、一緒に街をデート! 素晴らしいですね……買いましょう!」

「あー、うん……そう、だね」


 勝手に盛り上がっているところ悪いけど、僕はそこまでオシャレに気を使っているイケメン男子ではないのでよくわからない。ただ……男子高校生がまともに着ようと思って買う値段のものではないのは理解している。


「僕が払うよ」

「はい? 私が着て欲しいので私が払いますよ?」

「え」

「値段はこれくらいですし」


 あー……普段から着ているチェスターコートの3倍ぐらいの値段が書いてあって、僕は動きを止めてしまった。躊躇っている間にスズはずんずんと進んでいき、店員さんと幾つか喋りながらチェスターコートを買っていた。スズ……そんな現金、何処から持ってきたのか聞きたいよ。

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