第54話 通じる気持ち

「明けまして、おめでとうございます」

「おめでとう……今年もよろしくね」

「はい」

「うんうん……お兄ちゃんとお姉ちゃんはいい感じ!」

「うるさいよ」


 炬燵に潜りながらテレビのカウントダウンを聞き、0時になった瞬間にスズと定型文の挨拶を交わしたらいきなり由衣が絡んできたので、僕は少し呆れてしまった。


「もう0時か……早いのぉ」

「……お母様はいつまでいるつもりですか?」

「む? 今から帰る所だな」


 結局、大晦日までクレナイさんはずっとこの家にいた。まぁ、昼間と夕飯を食い終わったら何処かに姿を消していたから、ずっと家の中にいた訳ではないんだけども……それでもここ数日間はなんだかんだ言ってずっと一緒に過ごしていた。


「帰るんですか?」

「うむ……まぁ、今年の宴の主役、その母親だからな。事前に色々とやっておくことがあるのだ」

「そうですか……ちょっと寂しいですね」

「なぁに、会いたくなればすぐに妾を呼べばいい。人の子の声など妾が聞き逃すことはない」


 お母さんとクレナイさんはこの数日間で色々と話し合ったらしく、かなり仲良くなっていた。義母と実母が仲良くなってくれて割と嬉しいんだけど……なんとなく恥ずかしい感じもするんだよね。


「さて、ではまた朝に会おう」

「はい」

「お母様……ありがとうございました」

「ん……まぁ、母として当然のことをしただけだ」


 クレナイさんはそれだけ残すとリビングの扉を開けてそのまま出ていった。恐らく、今から扉を開けてもクレナイさんの姿は見えないだろう。あの神様は、それぐらいの力を持った存在だから……きっと簡単にそんなこともしてしまう。


「さて……そろそろ寝るかな」

「えぇー!? まだ0時になったばっかりなのに!?」

「いやいや……年明けしたんだからさっさと寝るに決まってるでしょ」


 今年は初詣だって少し遅らせる予定になったんだから、余計に夜更かしなんてしている意味がない。僕としてもさっさと寝て、宴とやらに備えておきたいし。

 ぶーぶーと文句を言っている由衣を放置して、僕とスズは部屋に戻った。


「うぅ、寒いなぁ」

「そ、そうですね」


 部屋の暖房を付けながら、僕とスズは寄り添い合っていた。

 人が誰もいなくて冷たいまま放置されていた部屋に、暖房から温かい風がゆっくりと流れて来る。寒さを和らげる為に2人で身体をくっつけていたんだけど……段々とスズの方から近づいてきた。


「蓮太郎さん……私、貴方と会えて本当に良かった」

「え?」

「私は、貴方に会えていなかったら、きっとあの神社でずっと1人で過ごしていました」

「1人でって」

「お姉様たちがとっくの昔に抜け出していることは、お母様から聞きました」


 そっか……だから1人で、か。


「……多分、私は安心できる場所が欲しかっただけなんだと思います。あの神社は1人で寂しい場所かもしれませんが、初詣の時は地元の人が何人も来てくれます。神主も、回数は少ないですが掃除に来てくれていました……それに、貴方みたいに熱心に私のことを神として崇めてくれている人も何人かいました」


 それは、僕が聞いたことのなかったスズの過去のことだった。


「白蛇神社にいれば、私は安心できたんです。封印なんて本当は私も破ろうと思えばいくらでもできた……なのにやらなかったのは、きっと自分の居場所が無いことを自覚したくなかったら」

「僕は、君の居場所になれているのかな?」

「はい……蓮太郎さんは間違いなく、私の居場所です。私が帰るべき場所はここにあったんです。蓮太郎さんがいなかったらきっと私は……ずっと孤独だった」


 多分、スズにとって母親や姉は孤独を紛らわせる相手にはならないのだろう。破天荒って言葉が似合うクレナイさんや、又聞きしているだけでも頭が痛くなってくる2人の姉……スズが感じていたのは孤独と疎外感だ。


「改めて、ありがとうございます……蓮太郎さんのお陰で、私は一つの存在として幸せを掴むことができました。全て……貴方のお陰なんです」


 柔らかな笑みを浮かべるスズの顔を見て、僕は無意識に掌を伸ばしてスズの頬に触れる。


「あっ……」

「スズ」

「んっ」


 そっと、大切なものに触れるように唇が重なる。スズの肌から緊張が伝わってくるが……僕だって同じ気持ちだ。

 大切なものに触れたい。でも強く握りしめて壊したくない。痕を残したい。傷をつけたくない。ずっと触れていたい。溺れてしまうかもしれない。

 ひたすらに矛盾した気持ちが頭の中でぐるぐると回っている中……スズが僕の腕を取ってベッドに寝転がった。押し倒すような形になった僕の心臓はバクバクと鳴り……僕の下にいるスズは頬を紅潮させながら、潤んだ瞳でこちらを見つめて来る。


「スズ……僕は、君を傷つけるかもしれない」

「いいんです」

「溺れてしまうかもしれない」

「それもいいかもしれません」

「ずっと触れていたい」

「私もです」

「君に……自分の痕を残したい」

「はい……私も、です」


 僕の全てを肯定してくれるスズの言葉を聞いて、再び唇を奪う。どちらからでもなく、おずおずと舌を伸ばして絡ませ……想いと熱を交換していく。

 スズは僕だけのものであると証明したい。誰にも触れさせたくない……こんな歪んで気持ち悪い感情を持っていることすらも、なんだか心地がいい。


「んっ!? はぁ、はぁ……れんたろう、さん」


 瞳を潤ませながら僕を見つめ、無言で続きを促してくるスズに従って……僕はスズの服に手を伸ばす。

 既に僕とスズの中には、世界から存在が消えないようにするためなんて考えはなく、ただ想い人同士が互いを想う心のまま暴走している状態だった。でも、その熱に浮かされた感情のままスズの身体を貪ってしまいたいと、僕の中の雄の本能が叫んでいる。スズという極上の雌を、雄の本能のままに貪り……自分のものであるとマーキングするべきだと、身体と本能が叫んでいる。


「スズ、ごめんっ……僕は、もう、止まれない」

「いいんです……私のことを、好きにして、ください」


 夫婦なんですから。

 その言葉を聞き終わる前に僕は、スズに覆いかぶさって再び唇を奪う。愛情を確かめ合うなんて生易しいものではなく、ただお互いの気持ちをぶつけ合うだけの感覚。互いの身体が溶け合うような感覚に陥りながら、僕はひたすらにスズと唇を重ねながら……衣服を脱いでいく。


 その夜、僕とスズは心も身体も1つになった。ただ……互いの足りないものを補い合うような感覚のまま……ひたすらに、互いを求めった。

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