第53話 僕は結構
「あーっ! 酒が美味い!」
「いい飲みっぷりですね。もう1杯どうですか?」
「うむ! まだまだ飲むぞ!」
「わかりました! 母さん、酒追加で!」
「はぁ……わかりました」
僕は何を見せられているんだ。
上機嫌な状態で酒を飲むクレナイさんとお父さん、そしてその世話をしているお母さん。
「ふわぁ……お姉ちゃん温かい……」
「えーっと……私は結構冷たいと思うのですけど」
「そんなことないよ! お姉ちゃんはとっても温かいし柔らかい! お兄ちゃんが羨ましいなぁ……こんな素敵な人に愛されているんだもの!」
「そ、そう? 嬉しいです……私、お姉様は2人いますけど、妹はいなかったから」
「じゃあ、今日から私がお姉ちゃんの妹ですよ! お姉ちゃーん!」
「はいはい」
横を見れば由衣がひたすらにスズに甘えている。少し前までお兄ちゃんはどこの馬の骨ともわからない女にはやらない、みたいなことを言っていた癖に、ちょっと仲がよくなったらすぐにこれなんだから……僕は由衣の将来が少し心配だよ。
「あ、飲み物注ぎますね」
「え? あぁ……ありがと」
ぼーっと家族の奇行を眺めていたら、スズが飲み物を注いでくれた。ただの麦茶だけど……暖房と熱い話し合いで火照った身体には気持ちがいい冷たさだった。
ふぅ……少しだけ落ち着いてきたな。
「まだ大晦日でもないのに飲みすぎじゃないお父さん。クレナイさんもですよ」
「んー? まぁ、そう硬いことを言うな……妾とて酒を飲みたくなる時だってある」
「お母様はいつも飲んでますよね?」
「しぃっ! 言わなきゃバレないんだから言うな!」
「はぁ……お母さん」
「そうねぇ……これが最後の1杯ね」
「えー? 母さん、僕もっと飲みたいなぁー」
「健康診断」
「うす」
あ、お父さんが四文字で黙らされた。まぁ……お父さんもそろそろ50歳が見えてくるような年齢なんだから、酒ばかり飲んでいたら健康に悪いもんね。多分、僕がいない間に会社の健康診断の結果が悪かったのかな。
クレナイさんはお父さんが最後の1杯だと聞いて、ちょっと残念そうにしていたが……僕の方へと視線を向けてにやりと笑った。
「ふふ……こちらの世界に来れば酒なんて飲み放題だぞ? 結婚したら飲み明かそうじゃないか」
「私が認めませんからね。お母様、酔うとなにするかわからないですから」
「大丈夫だ。人間と飲み比べて酔う訳がないだろう? これぐらいの酒だったら瓶が10本超えても余裕よ」
「向こうの世界で飲むのは神酒なんですから、そんなに飲んだら酔います」
「ま、そうか」
うん……どうやらクレナイさんは酒癖が悪いようだ。
「あ、酒で思い出したが……年始はどうする気なのか聞いていなかったぞ、スズ」
「……出ますよ。蓮太郎さんと正式に婚約した訳ですから、その挨拶をしなければならないですし」
「そうかそうか……まぁ、確かに目上の神ににはしっかりと伝えておかない後で面倒なことになるからな。ちなみに実体験だ」
うわぁ……嫌な実体験聞いたなぁ。
「年始? お兄ちゃんとお姉ちゃんは初詣行くって話?」
「……神様が年始に集まる行事があるんだって。そこで、神様と結婚することになった僕が挨拶しないといけないって話。まぁ……これからの人生がどうなっていくのかわからないけど、流石にスズの関係者にはしっかりと挨拶しておきたいじゃん?」
両親に挨拶したように、スズの親戚や上位の神とはしっかりと顔を合わせて挨拶をしておくべきだと俺は思う。
「あら、じゃあ初詣は?」
「1月3日ぐらいにずらせない?」
「そうねぇ……祀られている神様がいないんじゃ、行っても仕方ないし……今年はずらしましょうか」
ありがたい。
「初日の出と共に宴会は始まるから、それまではこっちにいていいと思うぞ」
「……大晦日まであと3日ですか」
「なんならその間に……ふふ」
「なっ!? 娘に対して下世話な話をしないでください!」
「えー? なんなら最も大事な話だろう? だって、それをしないと婿殿の記録が世界から消えてしまうんだぞ?」
「く、くぅ……お、お母様に言葉で負けるなんてっ!?」
おいおい、クレナイさんはどれだけ口喧嘩に弱い扱いなんだか。
しかし……僕とスズが、か。隣でなんとなく悔しそうな顔をしているスズの身体を見て……僕は視線を勢いよく逸らした。普段から共に過ごしているから最近はあんまり意識していなかったけど、こうしていざ意識してみると……スズはとんでもないグラマラスな肉体をしている。極上の女性、という表現が似合うような身体つきで、男なら誰もが唾を飲み込むような美貌とスタイルな訳だ。
幽霊が見える以外は普通の男子高校生である僕にとって、性交渉というのは未経験の分野だ。その最初の相手が……この人間離れしたとんでもない美女? 僕は前世でどれだけの徳を積んできたのだろうかと、自分の前世を疑いたくなるような現実だ。多分、前世の僕は世界を50個ぐらい救って童貞のまま死んでるな、間違いない。
「蓮太郎さん……その、気まずいです」
「えっ!? あ、ご、ごめんっ!?」
視線を逸らしたはずなのに、無意識にちらちらとスズの身体を見ていたようで、スズは顔を赤らめながら耳元でこそっと教えてくれた。見ていたことに気が付かれたという動揺で声が上ずった僕は、急いでスズから距離を取ろうとして机に足を引っかけて立ち上がることもできずに後ろ向きに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ふ、ふふ……初々しいなんてものじゃないな」
「その……父親として、しっかりと成長していることを喜ぶべきなのかな?」
「……この件について安易に触れたら二度と口をきいてくれないかもしれないから、触れないようにしましょうね。クレナイさんも、ね?」
「うむ……まぁ、妾もこれ以上、娘に嫌われたくはないからな」
あぁ……大人たちがなんだか僕に対してちょっと同情的な感想を呟いているのが聞こえて来た気がするが、気のせいってことにしておこう。下手な同情心は逆に僕の心を傷つけるものな気もするけど……僕は何も聞いていなかったんだ。
心配して近づいてくるスズの顔を見て、僕は再び笑顔を浮かべて……仰向けだった態勢をうつ伏せに変える。
「あ、あの……蓮太郎さん?」
「……ちょっと、放置しておいて」
僕は、結構むっつりスケベだったらしい。
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