第55話 神の宴
ふと、目を覚ます。
暖房を消して寝たはずなのに、なんだか随分と温かい気がするのは何故だろうか。ぼんやりとした頭で昨夜のことを考えていると……ゆっくりと記憶が戻ってきたのですぐに起き上がると、そこは見知らぬ旅館の部屋だった。
「……スズ?」
横でゆったりと眠っているスズの姿を見て、僕は何がどうなっているのかわからなくなっていたが……年始の挨拶は夢の中から意識を飛ばすと言っていたことを思い出して、ちょっと安心した。
僕の横で静かに眠っているスズを見つめていると……昨夜のことを思い出してしまう。僕とスズが……本当の意味で1つになった夜のことを。顔が赤くなるのを感じながらも、とりあえず起き上がって周囲の状況を確認しようと思い、スズを起こさないようにしながら部屋の扉に向けて1歩踏み出した瞬間に、扉が開いてクレナイさんが入って来た。
「ん? 起きたのか……宴が始まるまでもう少しあるぞ?」
「ど、どうも……あの……」
「なぁに、心配しなくてもわざわざ言いふらしたり揶揄ったりはしないさ」
妖艶な笑みを浮かべたクレナイさんは、紅の瞳を輝かせながら僕の耳に口を寄せて来た。
「ヤったのだろう?」
「なっ!? いきなり変な話をしないでくださいっ!」
「ふはははは! そこま恥ずかしがることはないだろう。夫婦の営みは大切だぞ……コミュニケーションみたいなものだからな。恥ずかしがってレスになったら簡単に夫婦は崩壊するからな?」
「余計なことも言わなくていいですから! さっさと出て行ってください!」
ぐいぐいとクレナイさんの背中を押して部屋の外へと追い出す。意味があるのかどうかわからないけど鍵を閉め、僕は溜息を吐いてからスズに近寄ると……さっきとは息の吐き方が変わっていることに気が付いた。
「スズ、起きてるんでしょ」
「……ぐー」
「無理があるよ、それは」
口でぐーって言っても寝ていることにはならないと思うけどね。
「そ、その……いきなり顔を合わせるのは恥ずかしいと言うか……乙女心をわかって欲しいと言うか……」
「僕だって普通に恥ずかしいよ? でも、その……これから毎回これだと困るじゃん?」
「初回ぐらいは、もうちょっと余韻を持ちませんか?」
そ、そうかな……でも、結構ピロートークは長かったと思うよ。童貞だった僕とは思えないぐらいに気が利いた感じに余韻の中でちゃんと甘い会話をできていたと思うんだよね。まぁ、スズがそれを嬉しいと思っていてくれたかはわからないんだけど……それはそれとして、僕はそこそこいい雰囲気で終わらせることができたと自負している。
スズがゆっくりと起き上がって……顔を赤らめながら目を合わせて来た。
「お、おはようございます……」
「おはよう」
こうして朝の挨拶を交わすのだって、もう何回目かわからないぐらいなのに……どうしても初めてを経験した後だと気恥ずかしくなってしまう。
しばらく互いに無言で見つめ合っていると、スズが急に立ち上がった。
「は、歯磨きしてきます……その、朝は口の中に雑菌が溜まっていると言いますから」
「神様もそう言うこと気にしたりするんだ……と言うか、神様って雑菌が口の中に溜まったりするもんなの?」
そこら辺の生態がよくわからないんだけど……神様ってちゃんと人間みたいに病気になったりするのだろうか。スズを見ていると、寒さに弱いだけで病気になったりってイメージは全くないんだよね……不思議なことに。
ひとつ、大きな溜息を吐く。僕とスズはこれで正式に結ばれた訳だけど、これから神様の宴とやらを乗り越えないといけないのかと思うと少しだけ憂鬱な気分になってくるのだ。勿論、スズと結婚する為に必要なことだは理解しているから逃げるつもりなんて全くないけど……それでも陰キャ僕は人前に立って喋ることが苦手なのだ。ましてや、相手が神様になってくると……どんな顔をすればいいのかも検討が付かない。
「その、大丈夫ですか?」
「え? あぁ……うん、流石に覚悟は決めてるよ」
嫌だなぁとは思うけど逃げる訳には行かないことはよくわかっているから、スズに心配そうな顔をさせたことを少し後悔する。逃げるつもりが無いのならば、もっと開き直ってどっしりと構えていればスズだってそこまで不安な顔はしなかったろう。
ここは男である僕がちょっと真面目な感じでやらなければ。
「スズ、心配してくれてありがとう。僕に任せてくれて大丈夫だから!」
「あの、多分そこまで気合いれなくても……」
「よしっ! 僕がやるんだ……僕がスズと結婚するんだから、僕がしっかりしないと駄目だっ!」
気合は充分、僕はやれるぞっ!
「がはははははっ! 結婚なんて言葉を聞くのはいつ以来だっ!? 今年は来てよかったのぉ!」
「全くだっ! 祝い事がある時の酒は美味いっ! ほれ、お前さんも飲め!」
「人間は20歳になるまで酒を飲んではいけない法があるのですよ? あまり無理に勧めない方がいいわ……ねぇ? こんなごつい男たちに絡まれて嫌だったでしょう?」
「おいおい、また他人の男に手を出そうとしているぞ」
「懲りない阿婆擦れだな」
「黙れ。あ、私は阿婆擦れなんかじゃないからね、ちょーっと味見させて欲しいなって思ってるだけですから」
なんだ、これ。
神様が集まって新年の挨拶をする宴だって聞いてたんだけど、なんでこんなことになってんの? 額から角を生やした豪快なおっさんたちが酒を飲みながら俺に無駄に絡んでくるし、妖艶なお姉さんが俺のことを見る目は滅茶苦茶危ないし、他の神様たちも思い思いのことをしているだけで、厳格な挨拶って感じは全くない。
「無駄に気合を入れていると思ったら、この宴を真面目なものだと思ってたのか? 婿殿は真面目だなぁ……だから美味しそうだと言われるのだぞ?」
「本当に美味しそうなんですもの。よくもこんな魂が色っぽい男を見つけてきましたね……エロいですわよ!」
魂がエロいってなんだよ。
「蓮太郎さん、ごめんなさい……ちゃんと内容まで話せばよかったですね」
「まぁ、うん……スズが来たくないって言ってた理由もわかったよ」
これは確かに面倒だなって思うわ。田舎の老人会の飲み会だってこんなに酷くないぞ。僕の中の神様のイメージがガラガラと崩れていく。僕って……案外信仰心を持って生きてたんだなって。
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