第56話 鋼の神

「それにしても、まさかあの我儘蛇姫が人間と結婚とはなぁ」

「あぁ、儂もそこに驚いたわ。あのお転婆蛇姫がなぁ」

「あの、蛇姫って呼び方辞めてくれませんか? 普通に不愉快なので」

「おー? 恥ずかしがっとるのか? まぁ、旦那様の前では少しでも神様として威厳を保って来たくなるのもわかるがなぁ……しかし、やっぱりいつまで経っても我儘蛇姫よなぁ! あはははは──ぬわぁっ!?」


 おー……酒を飲んでガハガハと笑っていたおっさんたちがスズが召喚した蛇によって締め付けられながら吊るされている。まぁ、スズの性格や節々の言動から昔は随分とやんちゃな女の子だったんだなってのは知ってからいいんだけどさ。

 それより、僕的には何故か集まって来たお姉さんたちを追っ払って欲しいんだよね。


「へー! なるほどねぇ……幼少期に出会って、その時の縁が続いてそのまま結婚かぁ……いいわねぇ、ロマンチック」

「ロマンチックって……」

「あ、今、日本の神様なのにカタカタ使ったって思ったでしょ? 人間だって学習して言葉が変わっていくんだから、私たちだってどんどん変わっていくのよ。それより、もっと貴方たちの馴れ初めを聞かせなさいよ!」


 う、うぜぇ……酒が入っているから滅茶苦茶にうざい感じになっているけど、普段からこんな性格ではないことを祈っておこう。

 ちょっと嫌だなって顔をしながら愛想笑いを浮かべていたら、僕の周りを囲んでいたお姉さんたちがいきなり離れていった。なにがあったんだろうかと思って視線を向けたら……そこには隻眼のイケメンが立っていた。


「えーっと……どなた、ですか?」

「結婚おめでとう。まさかあのまま結婚するなんて思っていなかったよ……君は私が想像していたよりも素晴らしい人間だった」


 マジで見覚えがない。

 全身がしっかりとした筋肉で覆われていることは、服の上からでもわかるほどにガタイがいい。まるで切傷のようなもので右目が閉ざされている、少し色黒な灰色の髪を持ったイケメン。

 僕が困惑していると、緊張した面持ちのスズがゆっくりと近づいてきた。


「……お久しぶりです、天目一箇神あめのまひとつのかみ殿」

「うむ、そこまで畏まる必要はない。私は今日、なにかと縁があるその少年に挨拶をしに来ただけだ……まぁ、お前がこの少年に害を成そうと思っていたら消し飛ばしてやるとは思っていたが」

「そう、ですか……やはりあの夕暮れ時、蓮太郎さんを見ていた龍は」

「私だ」


 え? 夕暮れ時って……確かに、学校でスズが神様だって言ってた龍がいたよな。もしかして、あれがこのイケメンさんってこと?


「じゃあ、京都に行った時に、京都市動物園の近くで……」

「あぁ……栗田神社に少し用があってな。あの時に、君を見かけてやはり私と君にはなにかしらの縁があるのではないかと思ったよ」


 栗田神社って……確かに天目一箇神が祀られている神社だ。スズが太陽神の血を受け継ぐ鋼の神とは言っていたけど、まさか本当に天照大御神の孫である鍛冶の神様だったなんて思わなかった。


「人間と神の結婚はめでたいものだ。私は君たちの結婚を素直に祝福するよ」

「ありがとうございます!」


 僕が知っているような偉い神様に、結婚を認められたという事実が嬉しくて握手をしてしまった。鍛冶の神様なだけあって、手はごつごつとして荒れていたけど……熱さと鋼のような硬さを感じ取った。

 握手されたことに驚いていたようだが……すぐにふと笑って、僕の行動を許してくれた。


「さて……これでいいのだろう? 八十禍津蛇神やそまがつへびのかみよ」

「……うむ。妾としても文句はない」

「え?」


 天目一箇神が発したクレナイさんの本名が、僕の耳にするっと入って来た。今までノイズに紛れて聞くこともできなかったその言葉が、するっと……まるでそれが当たり前であるかのように。

 名前を認識されたと思ったのか、クレナイさんは僕の方へと目線を向けて笑った。


「妾の名前が聞こえたと言うことは、婿殿は妾たちの側へと来たということ……つまり、ヤったのだな?」

「それは知ってたでしょうが! なんで今、気にする所がそこなんですか!?」


 おかしいでしょ!?


「まぁ、そう怒るな。少し揶揄っただけではないか」

「もっとキレていいと思うぞ。この阿婆擦れには随分と苦労させられたからな……君が言葉で責めてくれるならこれほど気持ちのいいものはない」

「はぁ?」

「なんだ? 私とやる気か?」


 滅茶苦茶仲が悪いように見えるんだけど……他の神様たちが遠巻きにしながら酒を飲んで、気が付いてないですよみたいな空気になっているのは、それだけ2柱の力が飛び抜けているのだろうか。しかし、そんな空気に対して突っ込んでくる存在だっている。


「人の夫を前にいきなり喧嘩しないでください。と言うか、2人の因縁に蓮太郎さんを巻き込まないでください……消し飛びますよ?」

「消し飛ぶの? え、僕ってそんな風の前の塵みたいな感じなんだ」


 なんて儚い命なんでしょうか……神様ってやっぱり怖い。


「ふぅ……何はともあれ、結婚おめでとう……私の祝福は太陽神の代理だと思ってくれていい。つまり、君は全ての神々に認められたことになる。これから君が神として生きていくのか、それとも人間として生きるのを選ぶかはわからないが……我々はそのどちらでも君の選択を尊重しよう」


 言いたいことだけ言って、天目一箇神は去っていた。

 彼の神がいなくなった瞬間に宴会場の雰囲気が緩んだことから、やはり格上を相手にしてかなり縮こまっていたらしい。


「ねぇ、君って本当にあの一目連様と関係があるの?」

「いちもくれん?」

「天目一箇神の別の名前……いえ、どちらかと言え分霊でしょうか? 人間には妖怪のように伝えられている存在です」


 なるほど……つまり、今の質問は僕があの神と関係あるのかと言われているんだな。


「その……自分でもあの人がなんで僕のことをそこまで気にかけてくれているのかわからないんですけど、なんか関係があるんですかね?」

「……何故そこで妾に話を振ったのかしらないが、妾とて知らないことはあるぞ。ただ……もしかしたら婿殿には太陽神や、それに連なる存在の血が流れているのかもしれないな」

「それって……僕の遠い親族に神様がいるってことですか?」

「そういうことになる」


 へー……全くそんな話聞いたことも無かったけど、神様が言うなら本当なんだろうな。


「僕って、すごいの?」

「蓮太郎さんは蓮太郎さんですが……確かにすごいことだと思います」

「そうなんだ……ちょっと嬉しいかも」


 自分が特別な人間ではないことはそれなりのコンプレックスだった。だけど、僕にはスズが認めるような凄い所があったんだ。これからはそれを自信にしていこうと思う。

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