第57話 これから先の未来【完】
「ん……朝?」
窓から入ってくる日差しによって僕の瞼が動いた。ゆっくりと開いた僕の瞳が映した光景は……久しく見ていなかった実家の天井。
「……はっ!?」
ぼんやりと天井を眺めていたが、すぐに起き上がって周囲を確認するとスズの姿がなかった。そして、しっかりと現実の世界に戻ってきていることに安心した。
僕とスズは、あれからずっと宴の会場にいた。流石に僕たちの結婚を祝うためにやってきてくれた神様たちの前で、さっさと帰りたいからお開きなんてことは言えず……体感時間で早朝から夕方ぐらいまでの時間を宴会場で過ごしていたのだが、僕が手に取ったスマートフォンに表示されている日付は……1月2日の午前7時だった。
「えぇ……どういうことなの?」
宴会場では日を跨ぐほどの時間を過ごしていなかったはずなのに、日付は明らかに1日飛んでいる。しかも、僕の隣にはスズがいなくて……まるで今までの全てが夢だったのではないかと思うぐらいに静かだった。
「ス──」
「あ、起きてたんですね、蓮太郎さん」
「──ズ……なんでもない」
「え?」
普通に扉から入って来たスズの顔を見て、僕は何とも言えない気持ちになって黙った。
寝間着から着替えて階段を降りると、そこにはテレビを見つめている家族の姿があった。
「あ、お兄ちゃんっ!」
「あら、お帰りなさい」
「ただいま……お帰りなさい?」
「昨日、朝に起きたらお兄ちゃんが部屋にいなかったんだよ!?」
え、なにそれ聞いてない。スズは夢を介して神々の世界に精神だけを飛ばすみたいなことを言っていた気がするんだけど……と思って視線を向けたら、スズには苦笑いをされてしまった。
「今の蓮太郎さんはただの人間ではありませんから、精神だけを連れて行くなんてできないんです。普通の人間でしたら、精神だけを連れて行くこともできたんですけど……私と正式に婚約した貴方では、身体ごと持っていくしかできなくて」
「そっかぁ……じゃあ、なんで1日飛んでるの?」
「神々の住まう場所は時間の流れが特殊なんです。人間の世界より早かったり遅かったり……色々とあるのですが、あの……偉い人が来て時間軸が歪んでしまったらしく」
へー……つまり天目一箇神が来たことで想定とは違う時間の流れになってしまったと。なんだか、それに対して違和感を持たずに生きている自分の変化がちょっと怖いよ。
「それで、神様の宴ってどんな感じだったの? やっぱりすっごい豪勢で、とんでもなく派手だった!? 天使とかもいたの!?」
「宗教感が雑すぎないかな? 僕が会ったのは日本の神様だから天使なんていないよ」
「えー?」
由衣の将来が少し心配になってくる。
「宴って言っても、なんか旅館みたいな所で正月の老人会みたいなことしてただけだよ。おっさんたちがひたすらに酒飲んでガハガハ笑ってたし、おば……お姉さんたちも楽しそうに喋りながら料理食べてるだけだったし」
「なんかイメージと違うね。僕も派手なものを思い浮かべてたんだけど」
「親戚付き合いみたいな感じなのねぇ……これからは蓮太郎も神様の親戚と付き合っていくことになるのだから、愛想は良くしておきなさいよ? 貴方、初対面で誤解w与えるような人間なんだから」
それは僕の顔が悪いって言ってるのか? それとも単純に僕のコミュニケーション能力が低いって言われてるのか? どっちなんだろうか……まぁ、どっちにしろ本当のことかもしれないので否定はしない。
「結婚式は挙げるのか?」
「うん……神前式をやろうかなと思って」
「神様との結婚なのに神前式?」
それ、僕も思ったから言わないでお父さん。
「京都の方まで行くことになると思うけど……年内にやるよ」
「年内? お兄ちゃん、高校は?」
「辞める」
「えぇっ!? 白天高校なんて頭のいい学校に入ってるのに、もう辞めちゃうの!?」
頭のいい高校とか関係ないでしょ。僕としてはこれ以上、あの高校で学んだことが将来に活かせないことがわかってるんだから辞めるだけだよ。そもそも、僕は既に人間の法に縛られる存在じゃなくなったから。
「そうねぇ……確かに、結婚して神様のお婿様として生きていくなら、高校に通っている意味はあまりないもの」
「お母さんも認めるの!?」
「当たり前じゃない。無駄に時間を過ごすことになるぐらいなら、私は学校を辞めることに賛成よ……だって将来のしっかりとしたプランがあるんだもの」
お母さんの言葉を聞いて、何故か由衣がしどろもどろになっていた。
横で僕たちの会話を黙って聞いていたスズの手が、いきなり僕の方に絡みついてきた。そちらに視線を向けると、微笑まれた。
「お義母様、私たちの事情を汲んでいただいてありがとうございます」
「……可愛い義娘の為だもの、当然よ」
あ、これは……事前に話が行っていたパターンだな。
「はぁ……年内と言わず、春には結婚しようか。あんまり遅くなると暑くなったりするかもしれないし……それに、由衣だって学校があるからね」
「そうですね……私の方からお母様に連絡しておきます」
僕とスズの結婚は神前式と決まっている。神様との結婚なのに神前式なんだって感想にはなるけれど、僕とスズの結婚を示す相手は……遍く大地を照らす存在なのだから、しっかりとしておきたい。
「学校辞めるなら、しばらくはこっちに残りなさい」
「いや、手続きは適当に済ませるからいいよ……それくらいはできるし」
なんなら、スズが認識をちょろっと改変すれば簡単に中退できるからそこら辺の問題はない。
「いいから……スズちゃんに、柳家の味を教えてあげなきゃいけないからね」
「いいんですか、お義母様っ!」
「勿論よ。蓮太郎の好みの味付け、知りたいでしょう?」
「はいっ!」
おっと……スズが完全に向こうの味方になったら僕から言えることはないな。
全く……僕が神に近い存在になったとしても、やはり母は偉大ってことだな。
雪がまだ少し残っている外に出て、僕は青い空を眺めていた。太陽が出ているのに息が白くなってしまう空に下で……僕の傍にスズが近寄って来た。
「……中に入りませんか?」
「一言目がそれかぁ……」
実に僕たちらしい、ちょっとぐだぐだな感じかぁ。
中に入らないか、なんて言いながら僕の横に立ったスズは、腕を絡めるようにして抱き着いてくる。厚着をしているのであんまり身体の感触とかは伝わってこないけど……その赤い瞳が僕のことをじーっと見つめていた。
「これから、僕は長い時間を生きることになるんだよね」
「はい。既に蓮太郎さんは純粋な人間ではなく、このままある程度の時間を生きれば、神の末席として名前を連ねることになります……嫌、でしたか?」
「まさか。スズの隣にいるために必要なことなんだから、僕は後悔なんてしてないよ」
スズの身体を抱き寄せる。少し驚いたような顔をしていたが……すぐに安からな表情になって僕に体重を預けて来た。
「……スズ」
「はい?」
「僕と結婚してください。そして……これから永遠を共に生きてください」
あぁ……これだけはしっかりと伝えておきたかったんだ。
「いつも傍にいてくれてありがとう。これからも、よろしくね……愛してる」
「はいっ! 私も、蓮太郎さんのことを愛していますっ!」
僕は人間ではなくなってしまったけど……これからも彼女の笑顔を守る為に生きて行こう。
その先には……きっと後悔なんてないはずだから。
神に愛されるということはその人生を捧げることである 斎藤 正 @balmung30
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