第34話 誰もが振り向く
神とは往々にして理不尽な存在である。
人間が神を信仰するのは救いを求めるからだと僕は思っている。どんな人間であろうとも責任を負うという重圧に堪えられなくなるもので、自分より上の人間に従うことで安寧を得ようとする。なら、人間の頂点に立つ存在……王とも言える人間は何に縋ればいいのだろうか。そうして生まれるのが神だと、僕は認識している。
人が縋る為に生まれてくる神は、決して人の為に尽くすことはない。神と言う絶対的な力を持って生まれてきた存在は、人間という路傍の石のことなど気にかけて生きることなどない。人間にとって神が理不尽だと感じるのは、そもそも自分たちの存在が真っ当な生物として認識されていないからなのかもしれない。
「お待たせしました、蓮太郎さん」
もし、神が1人の人間を認識して寵愛するとしたら……その末路は悲惨なものになるのだろうか。あるいは……なんの不自由もなく不安もなく、ただ愛でられるだけの愛玩動物のような扱いになるのだろうか。今の僕には想像することしかできないけど、そうならないために行動することはできるかもしれない。
パタパタとオシャレな格好へと着替えたスズが僕の方へと駆け寄ってくる。流石に部屋の中で堂々と着替えられると僕の方が堪えられないので、脱衣所で着替えてもらっているのだが……それでも衣擦れの音が妙に生々しく煽情的に聞こえてくるので、ワンルームで男子高校生が女性と2人暮らしは危険だと思う。
「じゃあ行こうか……カイロ持った?」
「はい、持ってます! なんならお腹にも背中にも貼ってます!」
「見せなくていいからっ!?」
服を捲り上げてお腹に張ったカイロを見せてこようとしてきたが、僕は間一髪でそれを止めた。インナーに貼られているとはいえ、流石に服を捲り上げる姿をそのまま見つめる訳にはいかないのだ。
スズは僕の動きを見てクスクスと笑っているので、多分わざとだ……なんとなく人間の常識を身につけ始めてきたからこそ、こういう悪戯をしてくるようになった気がする。僕としても、彼女が悪戯を仕掛けてくるぐらいの関係になれたのだと思うと少し嬉しい感じもするけど……たまに洒落にならない冗談を言ってきたりするので心臓に悪い。
都会に住んでいるからこそ、住宅街からショッピングセンターまで行くには電車に乗る必要がある。僕とスズは寒さを感じながら寄り添い合い、電車に乗り込んだ。
休日ということもあって電車内にはそれなりの人がいた。空いている席が無いことを確認してから、僕はスズと一緒に電車の扉付近に立つ。
「……手を、握ってもいいですか?」
「うん? いいけど」
突然どうしたのだろうと思ったが、僕の手を握るスズの指はとても冷たくなっていた。家から駅までそこまで距離がある訳ではないけど、それまでの間だけでもスズは随分と冷えてしまったらしい。意を決して僕は片手でスズの手を握りしめ、もう片方の手でスズの背中を抱き寄せる。電車内でなにをやっているんだと言われそうだけど、寒そうにしている彼女をそのまま見過ごすことはできなかったのだ。
僕に引き寄せられたスズは一瞬だけ驚いたような表情をしていたけど、すぐに目を閉じて僕に体重を預けてきた。スズが扉に背中を向けて立っている状況で、こちらに体重を向けられると僕はバランスを崩してしまいそうになるけど、反対側の扉が開いて更に人がやってきたことで僕とスズは押されて……更に密着してしまった。
「あぅ……さ、流石に恥ずかしいです、ね?」
「そ、そうだね……うん」
スズはとんでもない美女なんだと、顔を見る度に思っているんだけど……ここまで接近して顔を見つめ合うようなことはあんまりないので顔が真っ赤になってしまった。スズがおずおずと僕の背中に手を回した瞬間、僕は肩をびくっと跳ねさせてしまった。
ただ無言の車内で、僕とスズの息遣いだけが耳に残る。スズの女性的な魅力に溢れている豊満な肉体が、僕の身体に押し付けられていることもあって僕は既に限界を迎えようとしていた。
なんとか邪念を払おうと目を開いた瞬間に、僕はスズと目があってしまった。吸い込まれるような赤い瞳に、僕は息を忘れ……そのままゆっくりと吸い寄せられるように近づいていき……駅到着のアナウンスで我に返った。
「こ、ここ、ここだ、ね?」
「そ、そうですね!」
心なしか周囲から殺意が混じった視線を向けられているような感覚を味わいながら、僕とスズは手を繋いだまま駅に降り立つ。
駅を出て目当てのアパレルショップを目指して街中を歩いていると、すれ違う人の殆どが振り返ってスズを確認するのがわかる。まぁ……スズは滅茶苦茶美人だし、髪と瞳の色も相まって街中では普通に目立っているんだけど、そんな女性が僕みたいな冴えない男に腕を絡めて寒そうにしながら歩いているんだから、男女問わずに振り向きたくなるのもわかるってものだ。
「いらっしゃ……いませー!」
いらっしゃ、のタイミングでスズの顔を見て動きを止めた店員さんだが、すぐさま再起動して仕事を再開したことに僕はプロ魂を感じてしまった。
ずんずんと目当てのコートを目指し他を全く見ないで進んでいくスズに僕は苦笑いを浮かべながら追いかけていく。
「むぅ……どれも温かくていいですね」
「迷う?」
「はい……まずは実用性を考えて温かそうなものを選びたいと思っているんです」
まぁ……スズぐらいの寒がりになると流石に見た目を重視とはいかないよね。でも、どれを選んでも耐寒性はそこまで変わらなさそうだから、最終的にはやはりスズが気に入ったものを着ることになるではないだろうか。
「どれが似合いますか?」
「え、僕?」
「はい。私がオシャレなするのも、見た目がいいものを選択するのも全ては貴方に見て貰いたいからやっていることなんです、だから蓮太郎さんに選んで欲しいんです」
「そ、そっか」
スズの見た目の良さを理解して近寄ってきていた女の店員さんが、スズの発言を聞いて僕に目配せしながら下がっていった。あれは「そんな可愛い子に対して中途半端な選択をしたら殺す」と脅している目だった……オシャレって怖い。
さて、選んでくれと言われても僕は生まれてこの方まともに女性の服を選んだことなんてない人間だから、美的センスを疑われるようなものを選んでしまうかもしれない。こういう時はもっとも身近な女性であった妹の服装を思い出そう。
「……これ、とかいいんじゃない?」
僕が手に取ったのは薄い藍色のコートだった。服には詳しくないのでわからないけど……トレンチコートって言うのかな? 単純にロングコートかもしれないけど、とにかくちょっと英国美女が着ていそうなコート……日本の神であるスズがあまり着ていなさそうなイメージのものを敢えて選んだ。
「んふふ……蓮太郎さんはこういう格好が好みですか?」
さらっと羽織ってくれたスズが控えめにポーズを決めた瞬間に、周囲の視線を全部スズに集まった気がした。うん……なんと言うか、スズは劇薬みたいな人だね。
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