第33話 幸福感

 スズが常に僕の傍にいてくれるようになってから、怪異と出会うことが極端に減った。理由は勿論、怪異の上位互換である祟り神が近くにいるからだと思うんだけど……人間というのは不思議なもので、非日常的なことに巻き込まれることを嫌うのにいざ自分が巻き込まれなくなるとそれはそれで刺激が少ないと思ってしまう生き物なのだ。自分でも馬鹿だなと思うのだけど、僕は刺激が無い日々を送っているせいで少々退屈していた。

 そんなくだらないことを考えながら学校からの帰り道を歩いている。テスト期間中だからこそ僕は図書館に居残って最終下校時刻まで勉強していたのだが……この季節は18時まで勉強しているともう外が真っ暗だ。僕としては逢魔が時よりも安心できる時間帯なんだけど……それでも真っ暗な道をライトも持たずに歩いているとちょっと不安になってくる。


「蓮太郎さん?」

「なんでもないよ」


 そんな僕の心の揺れをどうやって検知したのか知らないけど、スズがすぐに僕の手を握って声をかけてきてくれた。こういう所……本当に僕としては滅茶苦茶助かってるんだよね。なんて言えばいいのか……虎の威を借りる狐、かな? とにかく強力な存在であるスズが傍にいてくれることを実感できるだけで、僕はちょっと気が大きくなってしまう。この暗闇も、一瞬で恐ろしくなくなっていた。

 こうして安心して周囲に気を配れるようになると、昼間よりはそこら中から人間ではない存在の気配を感じるのだが……スズが近くにいるだけで誰も近寄ってこないので安心だ。スズがいるのに近寄ってくる存在は人間か、そもそもまともに周囲を感知することもできないほどに知能が落ちている悪霊のどちらかだけだ。


「もう少しくっついてもいいですか?」

「いいけど……寒い?」

「はい……やっぱり、陽が落ちるとどうしても寒くなってしまいますね」


 腕を絡めながら近寄ってきたスズに、僕はちょっと頬を緩ませてしまった。客観的に今の僕を見たら、多分滅茶苦茶気持ち悪い人になっていたと思うけど……気にしないようにしよう。

 家に帰ったらまず暖房をつけて……それからお風呂も早めに入りたいな。これだけ寒い季節だとやっぱりお風呂に入ることが幸せみたいなところあるし……それに、スズだって温まったらしっかりと動けるようになると思うから。


「……電気毛布とか買おうかな」

「なんですか、それ」

「ん……電気で温かくなる毛布みたいなものかな? これだけ寒がりならスズには必要だと僕は思うけど」

「そうですね……温かくなれるアイテムなら何でもいいですよ」

「そ、そっか」


 寒さが苦手過ぎて適当なこと言ってるなぁ……まぁ、僕としてもスズが温まってくれるならなんでもいいんだけど。家にある湯たんぽは古いやつだから、そろそろ買い替えてもいいし……冬に向けてそろそろ色々な準備をしないと駄目かな。


「学校に行くならそろそろ手袋したほうがいいかもね」

「嫌です」

「そっか……なんで!?」

「手袋なんてしたら、こんな風に肌で触れあうことができないじゃないですか」


 そう言いながら、スズは僕の指に自分の指を絡めてきた。いわゆる恋人つなぎってものだと思うんだけど……男の僕とは違うすべすべで細い指が絡まってくる感触で、顔が赤くなるのが自覚できた。僕の顔が赤くなっているのを確認して、スズはなんだか嬉しそうな顔をしてそのまま抱き着いてきた。

 周囲も暗くなっている時間に街灯の下で抱き合ってる高校生のカップルって……普通にバカップルだよね。ほんの数か月前までは灰色の生活を送っていたはずなのに、今ではクラスで噂されるようなバカップルになるなんて……僕としてはいいことなのかもしれないけどね。


「……こんな所で抱き着いてないで、家でもっと楽しみましょうか」

「うん、言い方は悪いけど帰ろうか」


 まるでこれからをする男女みたいな関係を匂わせているけど、僕とスズはまだ清らかな関係だからね? 確かにスズから「なんで手を出さない」って感じの視線を向けられることはあるけど……僕はまだ高校生なんだから、そこら辺はしっかりしないと駄目だと思います。

 スズがゆっくりと、名残惜しそうな顔をしながら僕から身体を離し……再び僕の腕に自分の腕を絡めてきた。指と指が絡まり、強固に繋がれた先から彼女の体温を感じる。変温動物だからなのか、基本的に人間よりもちょっと体温が低いスズだけど……嬉しそうに微笑むスズの顔を見ていると僕の手は温かくなってしまった。



 家に帰ってきた瞬間に暖房のスイッチを入れ、同時にホットカーペットの電源もいれてこたつ布団を用意する。ベッドの布団とは別に用意されたホットカーペットの中に入り、僕は鞄からテストの問題用紙引っ張り出して広げる。

 自己採点は大事だ……特に自分の成績を伸ばそうとしているのならば。自分がテスト中にどんな思考でその答えに辿り着いたのかをしっかりと記し、家に帰ってからその答えや思考が本当に正しいものだったのかを確認する。間違っているのならば正しい知識を身につけ、合っていたのならば軽い確認だけに済ませてしまえばいい。そうすることで自らの知識とするのだ……テストの点数を上げる方法なんてこんなもんだ。


「うぅ……冬の風呂場は寒いですね」

「電気ストーブつけたら?」

「後でつけます」


 脱衣所が寒いと風呂に入る時にどうしても身体に負担がかかってしまうと考えて、僕は脱衣所に電気ストーブを置いてある。電気ストーブは基本的に暖房や灯油式のストーブよりも電気代が高いので、なるべく使う時間を短くしようと、脱衣所に置いてあるのだが……スズのように寒さに弱いならば電気ストーブを部屋で使った方がいいのだろうか。

 冷凍庫からなにかを取り出して電子レンジに入れて解凍を選択してから、スズは僕の方へと寄ってきてこたつ布団の中に潜り込んだ。


「はぁ……温かい」

「それは、よかったね」


 布団に潜りながら僕の腕の中に納まったスズの髪を、ゆっくりと撫でる。白髪の間を通り抜けるように指を動かすと、絹のように滑らかな感触が伝わってくる。特別な手入れをしているようには見えなかったんだけど……神様だからなのかな。

 こうして愛らしい彼女を抱きしめていると、なんだかとても幸せな気持ちになってくる。学校の教室でやっているとすごく恥ずかしいことなんだけど、家で誰も見ていない所だとこうして抱きしめていることの幸福感がすさまじい。僕の心の不安が全て溶けだすようなその感触を楽しみながら、ホットカーペットの温かさを感じて僕は目を閉じた。

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