第18話 物わかりがいい

 秋雨の時期にしては珍しい快晴の中、僕は希望していたBC書房への職場見学に来ていた。と言っても、高校生の職場見学なんて別に大したことをする訳ではない……ちょっと仕事をしている人を見せて貰って、それについて思ったことや体験したことについてそこまで文字数も必要ないレポートをちゃちゃっと書いてしまえば学校の先生は納得する。

 案内してくれる社員さんの背中を追いかけるようにして、僕、藤原さん、スズ、そしてもう1班の男子3人、ついでに引率の先生が1人。社員さんの喋り方がちょっと覚束ないから、新入社員が面倒な仕事を押し付けられてこんなことしてるのかな、なんて失礼なことを考えながら歩いていた。


「……私は、生まれ時から組織に所属していたから、貴方に対してどうやって接すればいいのかイマイチわからない」


 急に、藤原さんが話しかけてきた。職場見学の行き先を同じ場所にしたのは、彼女が僕に対して喋りたいことがあるからだと言っていたけど……きっと彼女にとっては大切なことなんだろう。同時に、彼女にとって職場見学なんてなんの価値もないものなんだなって思った。きっと、藤原さんは生まれた時からどんな仕事をしなければならないのか決まっているのだろう……それが巫女さんなのか、それとも神社の神主みたいなものなのか、あるいは……ファンタジー小説に出てくる霊能力者よろしく悪霊と戦う役割なのか、それはわからないけど……少なくとも、彼女は将来のことを考えてこの職場を希望した訳ではない。


「組織の名前は陰陽庁」

「……省庁なんだ」

「そうよ。厳密に言うのならば、宮内庁の管轄になるけれど」


 宮内庁の管轄ってことは、内閣府の下にある行政機関……やっぱり、こういうのって国絡みなんだな。


「陰陽庁の役割は日本の各地に眠る神々の監視と封印、そしてそれ以外の人間ではない者への対応全てよ」

「仕事多くない?」

「多いわよ……まともに霊能力が使える人間なんて殆どいないし、私みたいな未熟な女子高生にここら辺の地域全ての管轄が任せられるぐらいに人手不足なの」


 世知辛い……どんな業界も人手不足ですか。


「ん? 神々の監視と封印ってことは、スズが封印から飛び出していたことも把握してたってこと?」

「恥ずかしい話だけど、貴方の出身地にあった白蛇神社は……担当していた人が老衰で亡くなってから引き継ぎが上手くいってなかったみたいで、その数年の間にあんな感じ」

「な、なるほど」


 前を歩くスズがこちらに振り向いたが、僕は愛想笑いを浮かべて何もないことをアピールした。


「当然、封印されていた神が外に出るなんて陰陽庁は大騒ぎ。今はお偉い老人さんたちが集まってみんなで仲良く責任の押し付け合いをしてるわよ」

「き、汚い……人間って嫌だね」

「全くよ」


 確かに、スズみたいな神様が神社の外に飛び出して平然と過ごしていることはとんでもないイレギュラーなんだろうけど、その責任を押し付け合ってるとか……あんまりいい組織ではなさそうだと思ってしまった。


「で、何が言いたいか……貴方にはなるべく被害が及ばないようにこちらで尽力してみるつもりだから、気にしなくていいってことよ」

「でも……正直に言って、僕が原因でしょ?」

「間違いないわね。けど、それを理由にして組織の人間でもない者に責任を取らせるなんて馬鹿みたいな話じゃない。しかも、貴方が白沢さんと関りを持ったのは前任者がまだ生きていた時代のことだし……気が付けなかった陰陽庁が全部悪いのよ」


 陰陽庁に所属している人からしたらそうなのかもしれないけど、日夜日本を守る為に頑張ってくれている人の頑張りを、子供の好奇心が全て台無しにしてしまったと思うと……なんとなく罪悪感が湧いてきてしまうのだ。


「はぁ……ただでさえ悪霊に好かれやすいのに、無駄に罪悪感なんて感じで生きてたら余計に寄ってくるわよ?」

「うん……最近はスズのお陰でなんとかなってる」

「でしょうね。彼女が本当に心の底から貴方に惚れているから、封印を破って境内から飛び出しても人間社会に影響が出ていないけれど……貴方がいなかったらどうなっていたことやら」


 僕って、もしかして国にとってかなり重要な人間になっているんじゃないだろうか。


「しかもあのクソジジイ共……なにが霊能力者で神に愛されるような人間なんて殺すか婿に入れろ、よ。馬鹿言ってんじゃないわよ……実際に白沢さんと対面してないからそんなことが言えるのよ……あぁ、腹立たしい!」


 お、おぉ……なんて言ってたのかイマイチ聞こえなかったけど、なんとなく荒れているのはわかった。


「とにかく! 私が色々と動いて問題にならないようにするから……貴方はただ白沢さんが暴走しないようにだけしてくれればいいわ。私たちの方からなにかできるような神格にも見えないから、問題はないと思うのだけど……一応、ね」


 神格かぁ……神様にも格ってものがあって、やっぱり太陽を司る神様なんてのは主神と呼ばれてすごい神格を持っている。そんな感じで、神様にも序列みたいなものが存在していて、スズはどうやらその神格が結構強い方みたいで……藤原さんたちにはどうしようもできない存在らしい。


「……思ったより物わかりのいい人たちでよかったです」

「スズ?」

「勢いよく踏み込んできて、干渉してきたら組織そのものを潰そうとも思っていたんですけど、蓮太郎さんに関わってこないなら放置でいいですね」

「スズさん? 滅茶苦茶怖いこと言ってない?」


 やっぱり荒神だよ! 藤原さんも諦めてないでやっぱりなんとかした方が良いんじゃないの!?


「あ、缶コーヒー買ってきましたよ。蓮太郎さんが好んで飲んでいるものですよね?」

「あ、ありがとう……」


 いつの間にか買っていたらしい缶コーヒーを、スズが笑顔で手渡してくれた。確かに僕が普段から飲んでいるものだけど……こうして献身的に尽くされるとなんだか自分が駄目人間になってしまったように感じる。いや、基本的には駄目人間なんだけどね。


「それにしても……現代の作家さんたちは大変なのですね」

「いや、書房にいるのは基本的に編集者さんだから、作家さんは殆どいないと思うけどね」

「そうなのですか?」

「うん……だから、多分作家そのものはスズが想像している人物像からかけ離れてないんじゃないかな」


 昔から、本を書くような人は変人だって決まってるでしょ?

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