第19話 ぼっちに厳しい
走る。全力で足を前に出し、その勢いのまま思い切り身体を空へと向かって飛ばし……僕は目の前に迫る棒に激突してマットに倒れ込んだ。
「全然駄目じゃないか……次はもう少し高さ落とせ」
「……はい」
体育の授業で走り高跳びをしていたのだが、僕はどうにもこの競技が苦手だ。原因としては、やはり目の前に迫る棒が怖いと言うのがあって、跳ぶ直前に減速してしまうのが悪いのだろうが……人間の生まれ持った恐怖という感情は簡単に消えたりはしない。一応、平均レベルには跳べているのだが、それ以上を目指せと言われても簡単にできることではない。
運動神経がご自慢の男子たちがバーッと走りながら高く跳んでいるのを見ると、僕は何処までも平凡な人間なんだな、と実感する。
「ん……あれ?」
自分に言い訳しながら地面に座り込んで休憩していると、隣のグラウンドで女子が走っているのが見えた。あれは……多分、マラソンかな? 男子も陸上系の授業が終わったらやるんだろうな……嫌だな。
未来の自分を想像しながら女子の方をぼーっと眺めていると、女子の中でも明らかに突出して先頭を走っている人影が見えた。きっと運動部なんだろうな、なんて思いながら見ていたら……それが見覚えのある2人であることに気が付いて僕は微妙な表情になってしまった。
なにか言い合いながら走っている藤原さんとスズは、全く疲れていないような顔のまま口が動いているし、走るペースもさっきから全く変わっていない。それに比べて、後続の女子たちは既に汗を拭いながら走っていたり、バテバテで呼吸が荒くなっている人たちも多い。つまり、あの2人がどれだけ馬鹿みたいなペースで延々と走っているかってことだ。
「……見なかったことにしよう」
スズはそもそも人間じゃないし、藤原さんだってきっと霊能力者として活動するのにあれぐらいの体力が必要ってことだろう……うん。
「柳、休憩ばっかしてないでお前も跳べー」
「はーい……いや、でも僕これ以上の記録出せないですよ?」
「いいから跳べ。意欲関心無しで内申点下げるぞ」
「跳びます」
内申点を持ち出されては逆らえない。僕は再び、恐怖心と戦いながら大地を蹴るのだった。そして当たり前のように棒にぶつかって失敗する。
体育祭という行事が存在する。昔はスポーツの日にやることが多かったけれど、少し前に何故か5月から6月ぐらいにやらされることが多くなっていた体育祭……運動会とも言う。なんか、近年になって「5月末でも気温高くてやってられなくない?」と言うことに偉い人がようやく気が付いたのか、最近はまた10月ぐらいに戻ってきている所が増えているのだとか……いや、ちょっと考えればわかることに何年も費やすなよ。
で、白天高校の体育祭は未だに5月末にやるものなので、既に終わっているのだが……その体育祭と双璧を成す学校行事が迫っている……そう、文化祭だ。
僕的、友達がいないとマジでつまらない行事ランキング堂々の1位を獲得している、あの文化祭だ。なんで文化祭って何処の学校でもあるの? 何のためにやってるの? ちょっとチャラい感じの人たちがウェーイってやる為だけにやってない?
とにかく、僕は文化祭という行事が滅茶苦茶嫌いなのだ。何故ならば、どれだけ頑張って働いたとしても共に楽しむ友達もいなければ、苦労を労ってくれるような仲間もいないからだ。
「と言う訳で、僕は文化祭の日は休みたいと思います」
「なるほど、そうなんですね!」
「そういう空気読めない所が友達いない原因なんじゃないの?」
藤原さんから滅茶苦茶きついカウンターが飛んできた。
「失礼な。空気が読めないんじゃなくて、僕自身がクラスの中で空気になってるだけだもん」
「もんとか言うな。確かに、クラスの中だと空気だったかもしれないけど、そこの白沢さんのせいで既に空気じゃなくなってることを自覚した方がいいわよ」
「それは君のせいでもあるんだよ?」
確かに、最近の僕はスズに物理的に腕とか身体とか絡まれているからクラスの中で注目される人間にはなっているけど、藤原さんがこうして僕の前の席に座って会話に参加していることも原因の1つではあるんだからね?
「ところで……文化祭って何をするんですか?」
「あ……そう言えば何も知らなかったね」
周囲の常識を改変してこの場に馴染んでいるスズは、まるで1年生の時から一緒にいましたみたいな感じで座っているけど、実際には少し前にこの学校にやってきたばかりだからそこら辺の詳しいことは知らないんだよね。
「はぁ……文化祭なんて学生のお遊び程度の出し物やって、なんか知らないけど体育館に集まって有志が好き勝手にやって終わりでしょ」
「うわぁ……僕が好きじゃないって言ってるのと同じような感じのことしか言ってないじゃん」
「私が文化祭好きなんていつ言った? 空気読んでそこそこ参加はするけど、楽しめる訳がないから、去年は文化祭の日付に仕事入れてサボってたわよ」
「僕より酷いじゃん!」
僕なんてクラスメイトに認識もされていなかったから針の筵にもならない空気の中で居心地が悪くて、特にやることもなかったからみんなが楽しそうにしている声を聞きながら駐輪場の近くでちびちびと缶コーヒー飲んでたのに!
「ふーん……楽しくなさそうな祭りですね」
「本当にね」
「そこだけは同意するわ」
結局、ここに集まっているのは友達がいない僕、人間ではないスズ、孤高気取っているけど僕と同じように友達がいない藤原さんなので、文化祭というものに楽しさを見出だすことができないのだ。
「どうせ数日もしたら文化祭でなにやりたいですかー、なんて意味もないアンケートが始まって、クラスカーストのトップが「これやりてぇー」みたいなこと言ったことで他の全員も同意するんだ。なのにやりたいって言いだしたカーストトップの連中は特に手伝ったりもせずに遊び惚けて、僕みたいなぼっちに仕事が回ってきて……仕事をした思いでしかない文化祭になるんだ」
「実感が凄い……蓮太郎さん、その、どうやって慰めればいいんでしょうか?」
「慰めはいらないっ!」
「重症ね」
くぅ……なんで世の中はこんなにぼっちに厳しいんだ。
で、でも! 僕は既に世の中の大半の人間には勝利している! 何故ならば、こんなに可愛くて美しい婚約者がいるんだから! 僕の人生は勝ち組なんだ……って、スズの美しさを誇っても虚しいだけだな、これ。
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