第20話 古風な女性
スズは古風な女性である。
遥か昔から生きている神様なんだから当たり前なんだけど、スズの価値観はかなり古風な感じになっている。色々と知識のアップデートはされているみたいだけど、どうしても古風な考え方をしている時もある。
「ねぇ、スズ」
「駄目です」
スズの価値観の中で困惑してしまったものは、男は外で働き、女は家を守るというもの。共働きが増えた今の時代、家事育児の分担は当たり前のことになっているのだが……どうもスズはそれが納得できないようで、僕に家事をさせてくれない。僕が家事をしないのではなく、スズがさせてくれないのだ。
たとえば、僕が昼食を作ろうとしたら笑顔で台所から追い出され、掃除をしようとしたら掃除機を奪われ、洗濯物を畳もうとしたら叱られる。こんなことが日常化してきている。1人暮らしをしていた期間が1年以上あるので、僕だってそれなりに家事はできる方なのだが……どうしてもスズは僕に家事をさせてくれない。
「家事は妻のお仕事です。旦那様が家にいる時は、どっしりと構えていて欲しいのです」
「でも僕、まだお金稼いでないからそんな大黒柱みたいな感じじゃないんだけどな」
「お金を稼いでるなんて関係ありません。それが夫婦というものです……将来、私と一緒に神の世界に行ったとしても、私は貴方の妻として3歩後ろを歩くことになるのですから、慣れてくださいね」
神の世界ってサラリーマンなんてないよね? なのに、僕は大黒柱だからって家事もさせてもらえないの? それってもうただのヒモなのでは?
「蓮太郎さんがなんとなく罪悪感を抱いているのもわかります。現代の夫婦は家事を分担して共に働くのが当たり前だと言うことも、理解しているつもりです。ですが、女として私は貴方にしっかりと尽くしたいのです!」
洗濯物を畳みながら、スズは力強く宣言していた。
こう……絶対に折れないって感じの宣言だ。これから先、僕がなんて言おうとも絶対に僕には家事をさせてくれないと確信できるぐらいに力強い宣言だった。だ、駄目だ……このままだと僕は駄目人間になってしまう。スズに甘やかされすぎて、僕は骨の髄までトロトロになってただ享受するだけの人間になってしまう。それだけは嫌だ……なんだかんだ言って、男と言うのは女性に対して格好いい所を見せたい生き物なのだ。だから僕は、なんとかスズにいい所を見せたいなと思っているのだが、どうやら家事では無理そうだ。
テキパキと洗濯物を片付けるスズを見て、僕は肩を落とすことしかできなかった。
スズに家事を全て取られた僕は、以前より時間が有り余っている。しかし、スズに家事をしてもらった時間でゲームをしたり小説を読んだりするのが申し訳ないと思った僕は手持ち無沙汰になり……勉強を始めた。
最近は毎日、スズが家事をやっている間に勉強をしている。授業で習ったことの復習、これからやることの予習……これまでも毎日しっかりとやっていたのだが、その時間が伸びてしまった。悪いことではないのだが、スズが僕の家に住むようになってから僕の学業成績は右肩上がりだ。元々頭が悪い方ではない、なんなら学年の中でも良い方だと自覚している僕だけど、次の中間テストはなんだか期待ができそう。
「……スズって、中間テストどうするの?」
勉強中、中間テストを思い出してふと手が止まった。
スズは僕の傍にいたいという理由だけで、白天高校へと通っている。方法は知らないけれど、いつの間にか人が増えている現状に対して誰も何も言わないのだからそちらは気にしていないのだけれど……白天高校に入学している扱いになっていると言うことは、テストも受けなければならないはずだが。
「テストですか? まぁ……面倒なので、ちゃちゃっと誤魔化しちゃいますかね」
「ちゃちゃっと誤魔化す!?」
しれっととんでもないこと言わなかった!?
「い、いいじゃないですか! 私はただ学校に通っているだけなので、別にテストなんて気にする必要ないんですよ!」
「そ、そうなんだけどさ」
そうやって簡単に人間の思考とか意識とか改変しちゃう所が、なんだかんだ言っても悪神なんだなって思ってしまう。いや、わかっていたことなんだけど……スズって結構、僕に関すること以外は適当だよね。そっちの方が素なのかな。
「授業も興味があるのしか聞いてないもんね」
「それに関しては誰もそうなのでは? 蓮太郎さんは真面目に授業を聞いていますけど、普段から授業中に眠っている人は多いですよ?」
「物理の授業とかは特に多いね」
非常勤のおじいさん先生が担当している物理の授業は喋り方がゆっくりなことと、喋っている内容が初見ではわかり辛いことも相まってとんでもない居眠り授業と化している。しかも、その先生が全く人のことを起こさない人なのだ。眠っている奴は授業内容がわからなくなるだけだから放置って感じの人で、僕はそれが一番怖いと思うのだが……どうやらそう思わない人たちが多いらしく、みんな眠っている。物理なんて、数学と同じで一度躓いたら立て直すのが難しい科目だと思うのに……よく眠れるな、なんて思っている。
「スズは政経、倫理、歴史が好きだよね」
「はい。人間がどのような歴史を歩んできて、どのように記してきたのかが凄く興味深いですから。たまに間違って伝わっている部分を見ると笑ってしまいますけど」
生き証人にそんなこと言われたら、歴史家たちが泣いちゃう。
「特に、倫理の授業は面白いですね。今の人間の倫理観と、かつての人間の倫理観は全くの別物でしたから……人権、素晴らしい言葉だと思います」
「あぁ、うん、そうだね」
昔を生きていたからこそ、スズの言葉には実感が込められている。人権としか言っていないのに、色々なことが想像できてしまって、僕はなんとなくぞっとしてしまった。まぁ……スズは人間ではないからあんまり関係ないと思っているかもしれないけど。
「文化祭? とやらも近いようですし、楽しみですね」
「僕は文化祭そのものが楽しみではないんですけどね」
「修学旅行とやらもあるそうじゃないですか」
「そっちは楽しみかも。京都に行くんだよね」
高校の修学旅行で京都は嫌だ、なんて意見もあるみたいだけど……京都がどれだけ楽しい街かわからない餓鬼の戯言だと、僕は心の中でマウントを取っておこう。
「京の都、ですか」
「え、すっごい嫌そう!」
京都の名前を聞いて、スズは顔を顰めていた。
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