第14話 親の愛
「職場見学、ですか?」
「そ」
教室の中でスズと向かい合って喋っていると余りにも目立ってしまうために、俺とスズは鍵が破壊されていた屋上に出て街の風景を眺めながら学校行事のことについて話していた。
「高校二年生にもなると、やっぱり大学受験が迫ってくる訳だし……将来の職業を決めた方が大学選びにはいいだろうって、世の中の高校生は結構やってるみたいだよ」
「それが、この学校にも?」
「そうなんだ……でさ、ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいこと、ですか?」
大学受験とか、諸々のことを考えて先に聞いておきたいことがスズにはある。それが……僕の将来についての話だ。
「スズは僕と結婚して神の世界で一緒に生きようって言っていたけど、それって人間の世界……この世界とは違う訳だよね?」
「はい。神が暮らす世界とはこことはそもそも次元が違う場所なので……それが、なにか?」
「いや……将来的にスズと一緒に別次元に行って行方不明になるのに、大学とか行くのはなぁって思っただけ。大学だって授業料が馬鹿にならないし」
最近の大学は国公立でも4年間で200万とか当たり前にするからね。将来的に僕もこの世界でちゃんと働いて、両親に仕送りできるぐらいの余裕ができるならいいんだけど……若いうちに神の世界へと神隠ししてしまったら、僕に対して両親が投資した金が丸々無駄になる訳だ。当然、こんなことを両親のそのまま伝えたらきっと怒ってくれるだろうけど、僕としてはやはり両親に対して迷惑はあまりかけたくない。
「んー……そこまで考えることですか? 蓮太郎さん神の世界へと足を踏み入れた瞬間に、貴方がこの世界に存在していた痕跡は全て消えます。そうなればご両親もどうやってお金を使ったのかわからない部分ができるだけで、別に大きな問題にはならないと思うのですが……失礼な言い方になりますが、人間が人生で使って来た金の額なんて覚えていないでしょう?」
事実だ。僕がいなくなった瞬間にごっそりと預金が消える訳ではない……使っていた相手が消えるだけで、きっと両親たちは自分たちの金を使った相手がこの世から消えてしまっていることにすら気が付かないのだろう。神の持つ力は、きっとそれぐらいのすごさなんだと思う……けれど、誰が忘れていようとも事実として僕が両親に金を使わせたことになってしまう。それを、防いでおきたいのだ。
スズは、僕が無言で訴えかけた言葉を理解したのか、少し目を逸らしてから……一つだけ溜息を吐いた。
「あの、あんまり人間ではない私が言うのもなんですが……ご両親はきっと、蓮太郎さんのことを愛してくださっていると思います。悪神として生きてきた私にも、父と母がいます。父は私たちのことなど認知もしていないでしょうが、蛇に生まれた醜き私たち姉妹に愛情を注いでくれました。親とは、そういうものなのではないのでしょうか?」
「……ごめん」
スズの言葉には心配が含まれていた。僕が思っているより、スズはずっと人間らしい……自分だけの都合で両親のことを考えていなかった僕なんかとは、違う。
「蓮太郎さん、私は確かに貴方のことが欲しいです。今すぐにでも神の世界へと攫ってしまって、契りを交わして永遠に溶けあっていたいと思ってしまうほどに、貴方のことを愛しています」
「うん」
「けれど、私が貴方を愛しているように、貴方のご両親もきっと貴方のことを愛してくださっているはずです。そして……愛情に応えることは、迷惑をかけないことではないのです。母親にもなったことがない私が言うのもなんですが、親と言うのは子供からかけられる迷惑には笑って対応できると思うのです……それが親子と言うものだと、私は認識しています」
限度はあると思いますけど、なんて言いながら微笑んだ彼女は女性の顔、と言うよりは母親が愛情を持って子供を見るような表情に近かった。
なんと言うか……僕がとんでもない身勝手なことを言っていたのだなと思わされてしまった。確かに、スズの言う通り……迷惑をかけないように遠慮することだけが両親の愛に応えることではないのかもしれない。
「ありがとう、スズ」
「いえ……時にはこうして諫めるのも、良妻賢母の必須能力ですから」
「そうかもね」
確かに、こんなしっかりとした考え方を持っているスズが母親だったら……子供は真っ直ぐに育って──くれるかな? 僕に対して向けられる愛情は偏愛と呼ばれるものだと思うし、なによりも子供が娘だった場合にも容赦なく嫉妬しそうな性格してるんだよね。う、うーん……大丈夫、だよね?
「それで、職場見学はどうするんですか?」
「え? あー……出版社希望かな」
「出版社、ですか? 将来的には物語を紡ぐ方向で?」
「憧れとしては、ね? 現実的には小説家なんて殆どが生きていけないような厳しい世界だし、そもそも本当に小説が発売できるレベルにまで達することができるかなんてわからないし……色々と壁はあると思うんだけど──」
「夢なんですから、素直に憧れておくのが良いと思いますよ?」
う……また、ちょっと諭されてしまった。
「それに、小説の執筆でしたら神の世界でも無限にできるのですから大丈夫ですね! ゲームを開発するのが夢、なんて言われていたらどうしようかと思っていましたが、これなら安心して蓮太郎さんを連れて行くことができます!」
「待って。なんで将来の夢の話を無邪気にしていたのに、いきなり神の世界に拉致された後のことを喋ってるの?」
「え? なんでって……普通に考えて、人間として生きている時間よりも神の世界へと渡った後の人生の方が何万倍も長いんですから、当たり前じゃないですか?」
おー……とんでもない頭してた。
ま、まぁ……約束はしてしまっているから、今更になってスズと一緒に神の世界に行って結婚するなんて言ってない、とは言わないけども……明確に人間を辞めた後の時間の方が長いって言われるとなんとなく微妙な気持ちになるって言うか。
スズに悪意なんてないからね……純粋な本心で、僕の今後のことを考えてくれているんだ。屋上から街の風景を見下ろし「いい眺め」なんて口にしながら笑っているスズが、ちゃんと人間ではないことを再確認した僕は……ちょっと笑ってしまった。
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