第15話 知っておいた方がいい

 職場見学の班決めをしなければならない。基本的に3人1組で動かなければならないんだけども……趣味が合うような人と共に行くのはちょっと難しいかもしれない。そもそも、クラスメイトに仲がいい人なんていないんだから、班決めって呼ばれる行為では基本的に最後までハブられることになる。必然的に余った人と、余った場所に行くことになると思っていたのだが……この日は違った。


「同じところに行ってもいい?」

「え?」

「職場見学……もう決めたの?」


 椅子に座った瞬間に近寄ってきた藤原さんに、いきなり職場見学のことについて喋りかけられてしまった。いきなりのことだったので少し放心してそのままぼーっと藤原さんのことを見つめていたら、溜息を吐いてから用紙を僕の机に叩きつけた。


「職場見学……私の話、聞いてるのかしら?」

「き、聞いてます……その、いきなりだったので少し驚いてしまって」


 恐らくだけど、藤原さんはスズがいない瞬間を狙って僕に接触してきているのだと思う。スズは時折、僕の傍から離れていることがあるので……その瞬間を見計らっていたのだろう。スズがその間になにをしているのか、それは僕も知らないけれど……もしかしたら重要な用事があるのかもしれない。って、そうじゃなくて……今は藤原さんの話を聞かなければ。

 職場見学の班決めだよね……藤原さんが僕と同じところに来たがる理由がイマイチわからないけど、こちらから拒否するつもりはあんまりない。だって、そもそも拒否する理由が無いのだから。1つだけ気になることは、何故藤原さんが僕と同じ職場に見学へと行きたいと思ったのかってことだ。彼女が、出版社に興味があるような人間には見えない……偏見かもしれないけど。


「その、僕はBC書房に行こうかなって……思ってるんですけど」

「出版社? そう……小説に興味があるの?」

「まぁ……はい」


 え、もしかして彼女は僕に対して個人的な興味だけで喋りかけてくれているのか!? こ、これはもしかして……高校生になってから初めての友達を作るチャンスなんじゃないのか?


「ま、どうでもいいんだけど」

「どうでもいいんだ……」


 チャンス、グッバイ。


「貴方の2人きりでゆっくりと喋られる時間が欲しいのよ」

「スズは?」

「いたら話にならないでしょう? 白沢さん、貴方に対しては過保護を通り越して箱入り娘を守る金持ちの親並みにうるさいんだから」

「やっぱり僕が守られる側なんですね」


 いや、自分でもわかっていたけども……いざ突き付けられるとちょっと傷つくと言うか。これでも一応、男子高校生なんだけどなぁ。


「で、話すことなんてあるんですか?」

「あり過ぎて困るレベルよ。そもそも、そこまではっきりと幼い頃から人間ではない者が見えているのに、今まで認知されていなかったことの方が異常なんだから。今までが異常で、これからが普通になるのよ」

「あはは、なんだかファンタジー小説みたいで面白いですね」

「殴るわよ?」

「すいません」


 ちょっと現実逃避も兼ねて笑ったらガチで怒られそうになった。

 まぁ……普通の人間からすると霊がうっすらでも見えるってだけで異常なのは理解できる。なのに、それがはっきりと見えてしまっているし、神様と契約まで交わしてしまっているしで、まともな人間ではないのだろうと言うのは少し考えればわかることだ。

 自分は普通の高校生として生きてきたつもりだし、これからもそうやって生きていくつもりだったけども……神であるスズを受け入れた時点でそんな平穏な日常は遠くへと行ってしまったのだ。


「組織のことも話したいし、私が普段からどんなことをしているのかも教えなければ駄目だし……神との付き合い方もこっちからレクチャーしておかないと駄目なのよ」

「あ、最後のはいいです……付き合い方は、これからじっくりと深めていった方がいいと思うので」

「……そういう所で、あの蛇神を魅了してしまっているのよ! これ以上深入りすると貴方、この世界に戻ってこれなくなるわよ?」


 え? もしかして……藤原さんは僕がスズと一緒に人間の世界から消える予定なのは知らないのだろうか。それとも、普通の人間ならそんなことはしないと固定観念で喋っているのかな?


「あの──」

「蓮太郎さんは私と一緒に神の世界へと赴く……それは決定事項なので、忠告は無駄ですよ?」

「ひっ!?」


 ぬるり、と藤原さんの首に絡みつく蛇のように伸びてきた腕は、そのまま顎と喉笛に触れて止まった。鳥肌を立てたまま背筋をピンとして固まってしまった藤原さんから視線を移動させて、僕はスズに目を向ける。


「おかえり、スズ」

「はい、ただいま戻りました……蓮太郎さん」


 向けられているのは狂愛とも呼ぶべきどろりとした感情であることは間違いないが、家族以外にこんな重い感情をぶつけられるのは初めてのことなので、僕としては嫌いではない。むしろ……これまで穴が空いていた心を埋めるような彼女の想いは、心地いいとさえ感じてしまう。


「藤原さんがね? 僕と同じ職場に見学しにいって、そこで色々と話したいんだって」

「そうですか」


 なんで言うのって感じの視線を藤原さんから向けられているような気がするけど、僕は美人の恋人ができた瞬間に浮気するような男ではないと自負しているので、しっかりと藤原さんとなにを喋っていたのかをスズに報告しておこうと思っているだけだ。僕は僕で一般的な男女交際からは重い感じを出している気もするけど……まぁ、スズが不快に思っていないならいいかな。


「色々と話したいこと、ですか」


 藤原さんの喉に触れていたスズの手に力が少し加わったのを見て、僕はちょっとスズに抗議するような視線を向けた。

 スズが僕を心配して、藤原さんのような霊能力者が近づかないようにしてくれていることはわかっている。この世に知らなくていいことがあるように、知っておいた方がいいこともまたある……少なくとも、生まれた時から異形の存在が見えた僕は、一度はしっかりと藤原さんの話を聞くべきだと思っている。

 僕が何を考えて視線を向けたのか、スズはよくわかっている。露骨に視線が泳いでから……数秒もするとするりと藤原さんの喉に添えられていた手が離れる。生き残ったって感じで息を吐いている藤原さんを見ると、ちょっと申し訳ないなって気持ちが浮かんでくる。


「じゃあ、スズも含めてこの3人でいいよね?」

「はい!」

「……もう、それでいいわ」


 諦めたような藤原さんの言葉に、僕は笑顔を浮かべた。

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