第16話 あくまでも平等

 クラスでの柳蓮太郎という人間は影の薄い、誰にも認知されていないような人間であった。良くも悪くも、僕を個人として認識している人間なんていなかった……それは友達がいないとかだけではなく、いじめの対象にもなることはなかったのだが、今になって僕の高校生活は急変している。

 原因はとてもシンプルなもので、僕の周囲に注目されるような人間が集まってきたからだ。強い光の傍にある小さな光は誰にも気が付かれないかもしれないけれど、強い光の中にポツンと存在している黒い点には目がいってしまうものだ。今の僕は、藤原朱祢と白沢鈴奈という2人の美少女の近くに存在している、小さな黒い点な訳だ。


「それで、あの2人とどういう関係なの?」

「ど、どういう関係と言われましても……その、関係を表す簡単な言葉を、僕のような言語表現が稚拙な人間は持ち合わせていないというか、僕としても説明できる人がいるなら説明して欲しいというか」

「はぁ? 何が言いたいのか全然わかんないんだけど、てかキモ」


 キモイです、すいません。

 クラスのギャルっぽい人に絡まれてしまっている。原因は、本来ならば孤高を貫いているはずの藤原さんと、とんでもなく美人なのに基本的に他人に対して冷淡なスズが、僕に対してだけ普通に喋りかけているって部分である。

 詰められている訳だけど……僕の頭の中は割と冷静だったりする。たとえば、スズの改変能力ってこんな自然になるんだなぁ、とか……藤原さんって僕に対して友達いないとか言っておきながら自分も友達いなさそうだよな、とか。


「マジさぁ、ちょっと女に話しかけられてるからって調子乗ってない?」

「の、乗ってないです……そんな危険な人間関係で波乗りできるほどバランス感覚ないです」

「はぁ?」

「すいません、余計なこと言いましたっ!」


 ちょっと軽口が飛び出した瞬間に滅茶苦茶な圧を掛けられてしまった。スズが発するような霊的な圧ではないが、人間が放つこういう高圧的な態度が僕は苦手だ。元々、人に対して自分自身を曝け出すことを苦手としている僕はパーソナルスペースが異様に広いと自覚している。こうして詰め寄られて胸倉を掴まれそうになっている現状は、心臓がバクバク鳴って吐き気がしそうなぐらいに苦手なのだ。

 原因は間違いなく藤原さんとスズに喋りかけられていることなんだけども……理由は全くわからない。なにせ、彼女たちと藤原さん、そしてスズには関係性が全くないと思うから。偏見ではなく、こういういかにもギャルって感じの人たちとは真逆に位置しているだろうし。


「てか、仲がいい理由とかどうでもいいんだけどさぁ」


 いいんだ……ならなんで喋りかけてきたの?


「あの2人、アンタのこと気に入ってるみたいだからさぁ……ちょっと嫌がらせするにはいいんじゃねって思ってさ!」

「あははは! マジ天才だわ!」

「でしょ? あたしってやっぱり天才なんだよねー」


 うっわぁ……馬鹿っぽい。てか、なんで白天高校にこんな馬鹿っぽい人がいるんだろう……偏差値的に考えてどうやって入学したのか不思議な感じなんだけど。もしかして、高校デビューって奴ですか? もう2年生ですよ。

 しかし、理由はわかった。単純な妬みからくる小さな嫌がらせをしてやろうって考えなんだろうな……そこでなんで僕に矛が向くのかはイマイチわからないけど、僕に嫌がらせをすれば2人が傷つくって計算らしい。

 うーむ……金髪のギャルっぽい人がリーダーで、横の茶髪の人と黒髪の人は便乗してるって感じなのかな? 3人1組で行動しているけど、基本的には金髪が率先して動かしているグループ……高校生にはありがちなんだと思う。


「その……あんまり、僕をいじめても変わらないんじゃないかなーって」

「はぁ? いじめとかじゃないし。これは……いじり? ま、いじめとかそんな面倒なのじゃないからさ……マジ、変なこと言うなよ?」


 いや、いじめって言うのはいじめられた方がそうだと認識したら既にいじめなんだって、学校で習わなかったの? 最近はそういうの厳しいから……下手すると教育委員会に話が通っちゃうレベルなんだよ?

 なんとか彼女たちの愚行を止められないかと考えていたら、蛇と目が合った。


「蓮太郎さん、友達ですか?」


 あぁ……やばい。

 スズはこの状況を見て何も理解できないような女性ではない。目の前のギャルっぽい人たちが僕に対して何をしようとしているのか、そしてそれによって何を得ようとしているのかもしっかりと把握することができる聡明さを持っている。些か視野が狭い部分もあるけれど……彼女は並みの人間とは比べ物にならないぐらいに頭の回転が速い。

 実は名前も知らない金髪ちゃんの首がゆっくりと動き、背後に立っていたスズと目を合わせる。その瞬間に、彼女の顔から血の気が引くのが見えた。


「スズ」

「……ここは退けません」


 う……ま、まぁ……スズからしたらここは僕になんて言われようとも退けない場面だってのはなんとなくわかる。これをなあなあで済ませてしまったら彼女たちは再び僕に対して嫌がらせをしようとしてくるだろう。だからここでしっかりと制裁を加えておかなければならない……原因を取り除くのが最も早い対処法なのだとスズは僕に語りかけているのだ。しかし、僕はそうやって人を排除するスズの姿を見たくない。これに関しては……完全なる僕のエゴだ。

 僕とスズの視線を数秒間交差していたが、僕が退かないことを悟るとすぐに目を伏せる。


「ふぅ……今回だけは、見逃します」

「ぁ……は? あ、あたしらは別にちょっと話してただけだし? い、いきなり突っかかってきたのはそっち──」

「──ですが、私はそこまで寛容な性格はしていないので」

「ひっ!?」


 霊感がなくても、人間は相対した瞬間に本能で理解することができる……スズはそれだけ恐ろしい力を持った神なのだから。

 スズの瞳は本気だった。今回は僕の感情も含めてしっかりと見逃してくれたけど……もし、もし仮にまた彼女たちが僕に対して悪意を持って近づいてきた時。その時は……きっと僕の言葉でもスズは止まらない。僕たちの関係はあくまでも平等であり、普段は彼女が僕に対して3歩引いた所を歩いているから顕在化しないが、スズは時に僕の為には僕の意向すら無視して敵を排除するだろうことは明白だからだ。けど……こんなことがあって二度目をやったら、僕も庇うことができないからある意味では当たり前なんだけども。

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