第25話 ラブレター

「スズ、それなに?」

「ラブレターらしいです」

「ふーん……ラブレターっ!?」


 学校からの帰り道、スズが封筒を手に持っていたからなんなんだろうかと眺めながら質問したら、全く想像していなかった単語が返ってきたことで驚いてしまった。僕の声が大きかったのでちょっとびっくりした感じの表情を見せたスズは、苦笑いを浮かべながら僕にラブレターを手渡してきた。


「安心してください。私は蓮太郎さん以外の人間に興味なんてないですから。恋文だって過去に何度も貰った経験がありますが、一つとして返事を書いたことはないので」

「え、このラブレターにも返事をしてないってこと?」

「はい、そもそも開けてませんし」

「えぇ……それはちょっと可哀想だよ」


 自惚れではなく、スズは僕のことを心の底から愛してくれている。すごい馬鹿みたいでモテない男の考え方をしていると自覚しているけれど、僕を好きになってくれたスズが今から僕以外の誰かを好きになるなんてことになったら僕は絶望してしまうと思うぐらいに、スズのことを女性として見ている。しかし……それはそれとして、勇気を持って誰かに告白しようとしていた人のラブレターが、興味ないからの一言でそのまま無かったことにされるのは流石に可哀想だと思ってしまう。

 人間なので、生きていれば誰かを好きになることはあるだろう。しかし、その想いをしっかりと相手に伝えることができる人はそう多くないと僕は思っている。大抵の人間は、他人のことを好きになったとしてもその想いをしっかりと伝えることはできないものだ。人に自らの心の内側をさらけ出すと言う行為は、それだけの勇気が必要になる。


「断ることはわかりきっているのに、返事をすることが誠実なのですか?」

「誠実って訳じゃないと思うけど……それでも、人が思いを伝えようとしていることを、そんな簡単に切り捨ててしまうのは……僕はちょっと可哀想だなって思っただけ。勿論、こんなのは僕のエゴだけど」


 残酷なことだけれど、良く知りもしない相手から好意を向けられたところで、誰だって首を傾げてしまうだけだろう。好意を向けられるという事実だけは嬉しいかもしれないけど、いきなり感情をぶつけられれば大抵の人間は……気持ち悪いと感じるはずだ。

 告白とは恋愛小説のように劇的なものではなく、互いの心の内側を理解しながらも確認し合う作業でしかないと、モテる人たちが言っていたのを聞いたことはあるのだが……最近になって僕もようやくわかってきた気がする。


「……それでも、やっぱり私は返事をする気はありません。私にとっては蓮太郎さんこそが唯一絶対の存在ですから」

「嬉しいような、ちょっと申し訳ないような……」


 いや、ここでスズにラブレターを送った男性に同情するのは、その勇気を侮辱するようなものだろう。僕は、ラブレターの送り主が勇気を出して心の内側をさらけ出してまで手に入れたかった白沢鈴奈という女性を、ただ子供の頃に助けたからという理由だけで享受している僕の同情は、最大の侮辱だ。


「それにしても……私の何処にそんな魅力を感じたのでしょうか」

「いや……スズはすごい美人だし、とんでもない魅力を醸し出しているから告白する男子の気持ちもわかるよ」

「はい? そのラブレターの送り主はですけど?」

「…………え?」


 パタリ、と僕の足が止まった。

 不思議そうな顔でスズがこちらを見つめてくるが、僕は手渡されたスズ宛のラブレターをまじまじと見つめてしまった。

 確かに……言われてみれば淡いピンク色の綺麗な封筒で、男子らしからぬ美的センスが感じられるし、白沢鈴奈さんへ、と書かれた文字はなんとなく丸っこくて可愛らしい雰囲気を醸し出している。

 女子が女子に告白……漫画とかではよくみるかもしれないけど、実際にこの目で見ることになるとは思わなかった。


「まぁ、男も女も年齢も関係なく、私は人間に興味はありませんが」

「うん……まぁ、そうなんだろうけどね?」


 流石に僕も困惑してしまった。

 スズみたいな美人だと女性にもモテるのだろうか……切れ目のクールな美人と言えばそうなのだが、そういう憧れから恋愛感情に発展することもあるのだろう。女性の心理なんて詳しくないので、何を思ってスズに告白しようとラブレターを送ってきたのかわからないけど、こういう世界もあるんだなと1人で納得することにした。


「じゃあ、僕もスズにラブレターを書こうかな」

「……歌ですね、お任せください。貴方が詠んでくれたものにしっかりと答えられるように全力で頭を回転させますので」

「いや、歌じゃないし……ただの言葉だよ」

「そう、なのですか? でしたら直接、言葉でください」

「……そ、それが難しいから、手紙にしたかったんだけど」

「直接、ください」


 スズは僕のことを本当に心から愛してくれている。ただし、彼女は僕の行動をなんでも全肯定するタイプではない。漫画とかでよくみるヤンデレ系の女の子は、男がする行動の全てを肯定してくれたりするが……スズはあくまでも僕のことを愛してくれている女性であり、良妻賢母なのだ。僕が間違ったことをすれば咎めてくれるし、なにか言いたいことがあればしっかりと口にしてくれる。なので、こんな風にスズが要求してくる時は……僕の方が全く逆らえなくなってしまう。


「言葉で、どうぞ」

「今!?」

「はい。言葉というのは溜め込んでいても仕方のないものですから……思いついた時に吐き出してしまうのがいいんですよ?」

「あ、愛して、る?」

「重みが足りないですね。愛の言葉と言えども、しっかりと心を込めなければ重みの無い、軽い言葉になってしまいますよ」


 人間の僕が想像するよりも遥かに長い時間を生きているからこそ、言葉の重みについてスズは厳しい。苦し紛れや言い訳として吐いた言葉はばっさりと捨てられてしまう。


「……スズ」

「はい」

「普段からあんまり言えてないけど、ありがとう。僕のことを好きになってくれて……僕のことを支えてくれて、ありがとう。愛してる」

「はいっ!」

「ぐはっ!?」

「私も愛しています! 私のことを助けてくれたあの日から……その魂の在り方、生き方、姿、匂い、声、体温、霊力、その全てを愛しております! 魂の一片すら誰にも渡したくないと思うほどに私は貴方のことを愛しています!」


 住宅街のど真ん中で何をしているんだこのバカップルは、と自分を俯瞰的に見てしまった僕のことなどお構いなしに、スズが勢いよく僕の胸に飛び込んでくる。受け入れる態勢になっていなかったので鳩尾にクリティカルヒットして、そのまま崩れ落ちそうになる僕の身体を抱きしめて、スズは上機嫌で愛の言葉を口にし続けていた。

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