第24話 蟻の区別はつかない

 翌日、滅茶苦茶疲れた顔をした藤原さんと目が合ったのだが……死んだ人間かと思うぐらいに目に生気がなかった。多分だけど……昨日のスズに関係した話によってああなっているのだと思う。藤原さんには悪いかもしれないけど、陰陽庁側にも非があったと思う。

 彼女があれだけ疲れた顔をしているのは、干渉するなら全て藤原さんを通してやれとスズが言ったからだと思う。その時にきっと上司のような人から色々と言われたんだろうな。


「おはようございます」

「ひっ……お、おはようございます」


 そんな藤原さんの異常にはスズも気が付いていたのか、珍しく自分から話しかけに行っていた。基本的に僕以外の他人に対して興味を示さないスズにしては珍しい対応のような気もするが、多分昨日の出来事がちゃんと藤原さんに通っているのか確認したのだと思う。喋りかけられただけで死んだような顔をしていた藤原さんの目に、恐怖の感情が混じったのを確認してスズは喋りかけるのを止めていた。きっと、ここで話が通っていなかったら……スズは恐ろしいことをしていたのだろうなと思う。


「蓮太郎さん、どうしました?」

「ん……あんまり、やりすぎないようにね?」


 スズが僕のことをとても大切に思っているからこそ、陰陽庁の態度に怒ったことは理解している。ただ……スズが暴れれば暴れるほどに、きっと人間がなにかしらの対策を講じていく。最初の内は人間のような惰弱な存在が考えたことだと、神であるスズには全く無害なものかもしれないが……最終的にはスズに危害が加えられるような事態になるかもしれない。それこそ、スズとその姉妹を封印した武神のような存在が出てくるかもしれない。

 現在、日本国民にとってスズはいつ爆発するかもわからない爆弾みたいなものだが、僕にとっては紛れもない大切な人だ。スズの行動によって人々が不安に苛まれてしまう気持ちはわかるけど、僕としてはやはり大切な人が傷ついて欲しくないので、スズにもあまり派手なことはして欲しくない。



 昼休み、人目を避けて屋上で僕はスズと一緒に弁当を食べている。

 人目を避けているのは、僕が学校内で目立たないようにするためである。なにせ、スズは周囲の目など気にすることがない……つまり、クラスメイトの目がある中でも平然と家の中のようにベタベタとくっついて接してくるのだ。それそのものは別に嫌ではないのだが……それはそれとして学校内で噂になるとそこそこ困る。


「はい、あーん」

「あ、あーん……美味しい」

「本当ですか? やっぱり、蓮太郎さんは薄味の方が好みなんですね」


 こうしてスズが作った料理を食べさせられるのも今に始まったことではないが、やはり嫌な訳ではない。ただ、目立つからあんまり派手にやられると困るだけだ。


「その……聞いてる?」

「聞いてる」

「聞いてません」

「聞いてないじゃない」


 僕は聞いてるよ? けど……肝心のスズが聞いてないのだから僕にはどうしようもないけど。

 僕とスズが毎日屋上で昼飯を食べていることは藤原さんも把握している。だから、こうして用事がある時は彼女の方から屋上に来てくれるのだ。

 藤原さんはいつものような余裕のある感じではなく……割と真面目に憔悴したような感じで色々な説明をしてくれていた。なにがあったのか詳しく言うつもりはないけど、スズに対して用事がある時は必ず藤原さんから連絡がいくということを割と回りくどく解説してくれていた。


「その……聞いた、わよ。陰陽庁の偉い人が、勝手に出しゃばって大変なことをやらかしたって」

「偉い人だったんだ」

「とっても偉い人ね。陰陽庁で働いている人じゃなくて、資金を提供して……協力してくれている人」


 資金って言ったよね? 国の省庁なのに余所から金を貰って活動してるってかなり駄目なのでは? いや、でも……陰陽庁なんて内閣府のHPにも名前が載ってないから秘密の組織なのかな。

 僕はそういう政府の裏にある陰謀、みたいな話が結構好きだったりするので藤原さんがしてくれる陰陽庁に関する話とか好きなんだけど……スズはマジで興味がないって感じだ。


「ふぅ……藤原さん?」

「は、はい」

「貴女、蟻って知ってるかしら?」

「蟻って……あの地面を歩いている虫の?」

「そうです。貴女、蟻に噛まれたらどうする?」

「その……薬を塗る?」

「まず、その蟻を殺したいと思うでしょう?」


 物騒だなぁ。


「でも、残念……貴女を噛んだ蟻は集団に紛れてどれか判別がつかなくなってしまいました……どうするかしら?」

「その……諦める?」

「殺虫剤でも撒いて目に入る全ての蟻を殺すのよ。いいですか? 私にとって蓮太郎さん以外の人間はどれも同じなんです。わざわざ噛んできた蟻を識別して個人に復讐しようとか思わないんですよ……ただ、噛まれたらその近くにいる蟻をまとめて殺すんです。ね? 簡単な考え方でしょう?」


 つまり、スズにとって危害を加えてきた人間の区別はなく、ただ攻撃されたら全ての人間に対して平等に接すると言っているのだ。


「偉い人とか関係ないんですよ。陰陽庁とやらの人間が噛みついてきたら、陰陽庁という立派な名前がついた蟻の巣を破壊するんです。それだけのことですので……そこまで気にしなくていいですよ」

「いや、めっちゃ気にすると思うよ」


 僕はスズの味方だけど、あくまでも感性は人間なので藤原さんの援護をする。


「藤原さん、さっきの言葉は撤回します」

「え?」

「人間は蓮太郎さんとそれ以外と言いましたが、今の一瞬で蓮太郎さんと蓮太郎さんを狙う泥棒猫、そしてそれ以外になりました」

「私はなにもしてないのにっ!? ちょっと、貴方のせいなんだけど!?」

「ご、ごめん」


 スズにとっては目の前で彼女の味方をするのも嫉妬の対象らしい。


「蛇は執念深いのですから、あまり嫉妬させるようなことばかり言わないでください。私、浮気したら貴方を殺して私も死にますから」

「典型的な重い女性の言葉だ……」

「お、重い? 私……重いですか?」


 ネットとかでよく見かけるヤンデレらしいセリフだな、程度の認識で口にした言葉に反応して、スズは勢いよく立ち上がり、制服の上着を捲りながら自分の腹に触れていた。日焼けとは縁がなさそうな真っ白な肌のお腹が露わになって、僕と藤原さんは同時に口の中に含んでいた水を吹きだした。


「こ、こんな屋上で肌を見せないでください!」

「そうだよスズ! そういうのは駄目だから!」

「え、そ、そうですか?」


 2人で顔を真っ赤にしながらスズの奇行を止める。

 原因は僕かもしれないけど……あれは駄目だろう。神様という完成された存在だからなのかわからないけど、どうして肌を少し見せるだけであんな煽情的な雰囲気になるのだろうか。神様……恐ろしい。

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