第26話 神格

「えー、今日は文化祭実行員を決めたいと思いまーす」


 クラス委員の眼鏡をした女子が前に立って、文化祭の実行委員を決めると宣言していた。横で椅子に座りながらその様子を見ている担任の先生を見ると……なんとなく1人で納得した感じで頷いている。なんで学校の先生って、生徒が自主的に決めている時に限ってこうして1人で納得した感じ出すんだろうね……意味わからないけど、多分意味なんてないだろうから関係ないかな。


「実行委員ってなにすんのー?」

「えーっと、文化祭実行委員は──」


 ま、そもそも僕には関係ない話なので全部無視でいいだろう。

 ぼっちでまともに文化祭を楽しめる訳でもない僕にとっては、文化祭の実行委員が誰になろうとも興味ない話だし、それ以上にクラスの陽キャたちを集めてウェーイみたいなことをしなければならない仕事なんて僕には向いていない。

 このクラスの中で、僕はそもそも話し合いの場に立つことすらできない人間だ。社会の縮図とでも言えばいいのか、成功者が我が物顔で好き勝手に動き回り、それ以外の人間は笑みを浮かべながらそれに追従するしかできない。社会と違って、自ら行動して成功した人間ではなく、顔がいい人間だけが成功者扱いされているのが学校の歪な所なんだけどね。


「誰か、やりませんか……その、誰でもいいので」


 わかりきっていたことだけど……やはりこういうのは決まらない。

 そもそもなんだけども、文化祭実行委員ってのは見えている地雷に他ならない。実行委員として頑張るメリットは……教師からの評価が高くなって大学の面接で自己アピールの材料になることぐらいだろうか。

 じゃあ逆に、実行委員として頑張るデメリットだが……まず1つに、クラスの出し物をあまり手伝えないのであいつはサボっていたって扱いをされる。どれだけ実行委員の方で頑張っていたとしても、見えない努力は認められないのがこの世の真実。クラスの連中からはいつもいなくなってる奴、程度の認識に留まってしまうだろう。

 内申点を稼いだ結果がクラスメイトから仕事をしていない認定される……学校という閉鎖された狭い社会で生きている学生にとってこれがどれだけ残酷な結果を生むか、言うまでもないことだ。


「蓮太郎さん」

「ん?」


 実行委員が決まらなさ過ぎてクラス委員さんがオロオロし始め、横で見つめていた担任がイライラしだしているタイミングでスズが話しかけてきた。


「この話、いつまで続くんですか?」

「……学生のこういう決め事は、基本的に終わるまで続くよ」

「メリットも提示せずにひたすらに無駄な時間を過ごしているだけなのに? こんなことをしても無意味なのでは?」

「意味があるかどうかは関係ないからね。学生としてやらなければならないことがあるってだけの話……そもそも、スズにはピンと来ないかもしれないけど、学生なんて基本的に無駄な時間しか過ごしてないよ」


 僕も高校生なのではっきりと言ってしまうのはどうかと思うけど……文化祭なんて別に参加しようがしなかろうがあんまり関係のないものだ。せいぜい、大学入試の面接で学生時代にこんなことを頑張りました、程度の話のタネぐらいにしかならない。しかも、面接官なんてそんな自己アピールを耳が腐るほど聞かされているのだからあんまりプラスの評価にもならない……マジで無駄な時間だ。

 友人がいて、学校が大好きなら文化祭でやったことがとても楽しい思い出として残るのだろうけど……大人になった時にそのことを積極的に思い出していたら、それは過去を懐かしんでいるだけで、今を生きていないことになる。過去の栄光に縋りつく人間ほど、醜いものはいないだろうさ。


「ふーん……昔は祭りの司会進行なんて偉い人しかできなかったんですけどね」

「マジもんの祭りとは規模が違うから。それに、その祭りはどっちかって言うと儀式的な側面が強かったんじゃない? 高校の文化祭なんて所詮は学生のお遊び程度だよ」


 友達がいない僕だからこそ、白天高校の文化祭を客観的に評価しているが……別に他の高校と比べて滅茶苦茶面白いなにかがある訳でもない。平凡な、ただの文化祭だ。


「実行委員がこれだけ決まらないなら、うちのクラスは今年は文化祭参加しないでいいか?」

「え」

「いいだろ? だってこんなにやる気ないんだから。勉強でもしてるか?」


 あー……面倒くさいタイプのこと言い出したな、先生。

 脅し、とまでは行かないけれど……普段は生徒の自主性に任せていますからって責任逃れみたいなことを言っておいて、いざ自主性に任せて決まらないと圧力をかけてきて選択を迫ってくる。そして、それに屈して決めたことは生徒が自分で考えた事なので先生は知りません。クラスがちょっとざわつき始めたけど、マジで僕には関係ない話なので右耳から入って左耳に情報が抜けていく。

 ちらりと窓の外に視線を向けると、茜色に染まりつつある空が目に入った。9月末にもなると日の入りが随分と早くなってしまうが……どの季節だろうとこの時間帯は嫌いだ。


「ん?」


 教室の中も意味わからないことで先生が怒っているし、外は逢魔が時であんまり気分がよくないと思って空を見つめていたら……雲の間を通り抜けるように空を舞う細長いものが見えた。ビニールでも飛んでいるのかと思ったが……一瞬だけその細長いものと目が合った感覚がした。


「蓮太郎さん……あんなものと目を合わせないでください」

「え? 僕が何を見てたのか、わかるの?」

「気配がわかります」


 そうなんだ……あれはどんな悪霊だったのだろうか。

 もう一度空を探してみるけど、今度は見つからない……どうやら移動してしまったようだ。しかし、目が合った感覚がしたのにこちらに向かってこないなんて、悪霊にしては珍しいタイプだったんだな。


「悪霊だと思ってるかもしれませんけど、さっきのは悪霊じゃないですからね?」

「……そう、なの?」


 正直に言うと、僕には違いがわかりません。


「はぁ……蓮太郎さんは私の信者ですから、神の存在を感じ取りやすいんです」

「……神?」

「はい。不愉快なんで名前は言いませんけど、かなり神格の高い神ですよ」

「それって、スズとはどっちの方が上?」

「私よりも遥かに格上です。しかも相性が悪い」


 そ、そんな存在もこの世に平然といるもんなんだな。

 神様なんて全部がしっかりと封印されているものだと思ったんだけど、そうでもないのかな? 封印されているのは邪悪な神だけなのかな……スズみたいな。

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